第14話「血の涙」

 運ばれてきたときから、手の施しようが無いと気づいた。


 銃弾は内臓を貫通していて、出血が止まらなかった。

 荒く吐いていた息もたちまち浅く枯れていき、やがてその目から生気が消え失せる。


 また死んだ。


 仲間を助けられなかった。


 氷堂ひょうどうレナは俯き、奥歯を噛み締めて涙を堪えた。


 しかし、そんなことをしている時間すら惜しい状況だった。


 病室は負傷者だらけでベッドが足りず、廊下の床にまで寝かせている始末。しかも至近距離で銃撃を受けた者が多く、せっかく逃げのびてきたのに、そのほとんどが危篤に陥っている。


 精神状態も最悪だ。

 みんな、本当の家族ファミリーみたいに仲が良かったのに、仲間に撃たれ、仲間を撃つはめになったから。


 大の大人が子供みたいに泣き声を上げて、そのうち静かになる。


 まるでこの場所で銃撃戦があったみたいに床は血塗れ。


 誰が生きていて、どれが死体なのかも分からなくなる。


 あぁ、地獄だ。


 頭がおかしくなる。


 やらなきゃいけないことがたくさんあるのに、体が動かない。

 心と一緒に凍りついたみたいだ。


 もしかして、これを絶望というのだろうか。


 そのとき、視界の中に『アイツ』の姿が入り込んできた。


 憎きサイキック、ジョーカー。そのくせ、愛沢ユウとかいう人間の名前も持っている。


 レナは死んだ構成員のほうへ目を遣る。


 ――腰に下げた拳銃を見た。


「止まれ、サイキック!」


 その声にユウが後ろを振り向くと、レナが拳銃を構えて立っていた。


 銃口はユウのほうを向いているが、狙いが定まっていない。手が震えている。


「どこに行くのよ? 一人だけ逃げるつもり?」


 ユウはゆっくりと首を横に振った。


「友達を助けに行く」


「友達? 襲ってきたサイキックのことかしら?」


 皮肉めいた口ぶりだった。そうじゃないと確信しているのに。


「人間の、友達だよ。名前は、澄川ミナギ」


「助けるのは友達だけ? わたしたちのことはほったらかし? やっぱりサイキックはクズ野郎ね。自分の周りの人間さえ無事なら、他の人のことはどうでもいいんだ?」


 手は小刻みに震えたままだが、照準が定まる。ユウの頭を捉えた。


 銃口の先で、ユウは真っ直ぐな視線でレナを見つめていた。


「自分たちを助けろって……脅してるつもりなの?」


 レナが瞳を震わせる。涙が滲んでいた。


「あたしには撃てないとか思ってる? 拳銃の使い方くらい教えてもらってるし、あんたは両親を殺したエースと同じサイキック――躊躇う理由なんてないから」


「違うよ。サイキックに銃は通用しない。死角からの銃弾でも簡単に弾き飛ばせる。今すぐその銃をバラバラに分解することだってできる。そもそも、脅しになっていないんだ」


「――知ってるわよ!」


 レナは叫んでいた。悔しそうに歪めた顔から、涙が零れる。


「知ってるわよ、無駄だってことくらい……でも、わたしには、他に何もできない……」


 拳銃が地面に落ちる。


 レナは両手で顔を覆い、泣き崩れていた。


 処置をしているうちに返り血を浴びたのだろう、レナの服は血塗れだった。顔を覆うその両手も。

 指の隙間から溢れ出す雫は赤く染まり、まるで血の涙を流しているようだった。


「どうなってんだ、こりゃあ」


 素っ頓狂な声を上げ、山内キンジがユウの後ろから歩いてきた。


 背中に突撃銃を背負い、防弾アーマーを着込んでいる。ゼンから連絡を受け、共に戦うべくユウを迎えに来たのだ。


「山内さんですね? ミナギの居場所に心当たりはありますか?」


「あぁ、学校で保護した子だな。浅間の部隊に預けておいたから、B区画の辺りにいたはずだ」


 ユウは千里眼クレヤボヤンスを使う。鳥瞰視点で工場B区画を見下ろす。


 雑音と煙で見にくい景色の中に、かろうじて人影を見つけた。


 人影を拡大。


 女性が二人、火災から逃れて走っている。

 さらに拡大して顔を見る。ミナギを見つけた。


「ありがとうございます、山内さん。それともう一つ……頼みたいことがあります」


 ユウは血塗れで泣いているレナのほうを見た。


 仲間を助けてと、救いを求めることしかできない小さな少女を。

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