第13話「三番目のサイキック」
断続的に銃声が聞こえる。
薄暗い廃工場の中で、銃が放つ閃光が瞬いていた。
「向こうの区画だ。接近するぞ」
「先輩、何かおかしくないですか? 最初の報告では、襲撃者の数は二人だけだったはずなのに」
「伏兵がいたんだろ。正確な数を把握したら、すぐに引き返す。戦闘は避けるぞ」
先輩のファミリー構成員が土嚢の陰から顔を出して様子を窺う。
後輩のほうは突撃銃を胸に抱いて震えていた。
「俺は単なる奇襲とは思えません。味方がみんな、まともに報告もできないほどの速さで通信途絶するなんて……」
そのとき、先輩構成員が急に立ち上がった。
無防備にも遮蔽物から上半身を晒してしまっている。
「な、何やってるんですか、先輩!」
呼びかけてその顔を見た瞬間、異変に気づいた。
先輩構成員の目が、青い光を放っていた。
その表情も、まるで仮面を付けたように感情が無い。
先輩構成員が銃を構える。
その銃口の先は、あろうことか後輩の眉間だ。
もちろん同じファミリーの味方同士だったし、一緒に訓練もした、酒を酌み交わしたこともある。
しかし――引き金を引く指に躊躇いなど一切なく。
タタタン、と乾いた音が鳴った。
「よし。今ので十三人目」
ジャックは
こうしておけば、
さっき同志討ちさせた二人は斥候だったらしい。周囲に敵がいない。
「それならこの駒は要らないかな」
自殺命令を出す。
先輩構成員は自ら銃口を咥え、引き金を引いた。
ドサッと倒れ込む。血溜まりの中に、仲良く二つの死体が並ぶ。
「つーか、どういうつもりだろ、ファミリーの連中。すぐに逃げると思ったのに」
ジャックは首を捻る。
サイキックを相手に通常戦力では勝ち目が無い。ファミリーはそのことを痛いほど知っているはずなのに、撤退する気配が感じられない。
それどころか、交戦中の構成員を除いて、工場内の一箇所に戦力を集結させる動きが見え始めた。
まるで、決戦の準備を整えているかのようだ。
「ここから遠いんだよな。めんどくさ」
ジャックは工場の搬入口で胡坐を掻いて座っていたが、仕方なく立ち上がる。
硝煙の臭いが立ち籠める屋内へと足を踏み入れた。
視界に、ファミリー構成員の無数の死体が飛び込んでくる。
赤い血溜まりの中で、人間だったモノが横たわっている。
瞳孔の開いたひとつと、目が合った。
慌てて目を逸らしたが、脳裏に焼き付いていた。勝手に記憶が再生される。
「……ざけんなよ、キモいんだよ」
道から退かしたいが、サイコキネシスで触るのも嫌だった。
我慢、するしかない。
ジャックは腰のポケットから注射器を取り出す。
その針を、自分の二の腕に刺した。緑色の液体を血管に注いでいく。
深いため息が出た。気分が高ぶっていくのを感じた。実際の効果が出るにはまだ早いが、今ではプラシーボ効果も強いのだろう。
実を言えば、クイーンを馬鹿にできなかった。
ゲーム感覚で人を殺すのには慣れたが、現場は別だ。そういう意味では、楽しんで殺しができるエースのことを尊敬していた。
「僕は……クスリを使わないと狂い切れない」
ジャックの瞳が青く光り輝く。
瞬間、ジャックの周囲にあったすべての障害物が吹き飛んだ。
廃材の詰まった荷物、運搬用の重機、死体、血飛沫に至るまで、大気を爆発させたようなサイコキネシスでそのすべてが弾き飛ばされた。
ジャックが愉快そうに笑い声を上げる。綺麗な道の完成だ。
《ジャック!? もしかしてクスリを打ったの!?》
突然頭の中に響いてきた声に、ジャックがこめかみを押さえる。
クイーンからの
「うるせえな。だったらなんだよ?」
《これ以上クスリを使っちゃダメ! 頭がおかしくなっちゃう!》
心配そうな声。しかしその想いは届かず、ジャックは人が変わったように声を荒げた。
「黙ってろ、クソ女! てめえが役立たずだから、全部、俺がやってんだろ!? ここまで来ておいて車に引きこもりやがって! 何もしねえくせに優しいお姉ちゃん気取ってんじゃねえよ!」
クイーンはトラックの荷台の中にいた。
膝を抱えて座りながら、黙って唇を噛む。
クスリを注射したジャックは気が大きくなって暴力的になる。下手に刺激すれば逆上してこちらにまで牙を剥く可能性があった。テレパシーを中断せざるを得ない。
「……そうね、ジャックの言う通りじゃない。大切な家族が戦ってるのに、何してるんだろ、私」
クイーンは拳をぎゅっと握り締めた。
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