第9話「クローンサイキック」

「きみは、クローン人間なんだよ。始祖オリジンと呼ばれる、強力な超能力者サイキックの」


 枢木ゼンが告げる。


「だから、彼と同じように、念動力サイコキネシス瞬間移動テレポーテーションなどの異能が使える」


 普段は作戦室として使用されているのだろう、部屋の中央には戦略地図が広げられた大きな机があり、ゼンはその縁に腰凭れながら立っていた。


 ユウが記憶喪失であることを打ち明けると〈事前にトウコから伝えられていたこともあるだろう〉ユウが置かれた状況について説明してくれた。


「きみのことを語るには、まずはオリジナルについて語る必要がある」


 ――とある一人の超能力者がいた。


 彼のサイキックとしての能力は、スプーンを曲げたり、裏にしたカードの絵柄を当てたり、などと言った一般に語られるような手品師レベルの特殊能力の域を大きく超えていた。


 思考する、ただそれだけで、数十メートル先から動物の足の骨を折って転倒させたり、建物の中にいる人間が持つバッグの中身を言い当ててみせた。


 その類い稀なる力は周囲の注目を集め、やがて、とある国家機関が彼の身柄を預かることになった。


 ただし、協力を求める、といった倫理的・人道的な形では無かった。


「かくあるべく、研究対象、実験動物モルモット扱いということだな。人類の進歩と発展のため、などという大義名分を掲げて、やりたい放題だったようだ」


 彼はその施設から出ることにした。復讐の意味もあったのだろう、百名以上いた警備員や研究員すべてを皆殺しにして。彼にはそれだけの力があった。


 すぐに出て行かなかったのは、自分の能力を深く知るため、そして、次のステップに移るためだったようだ。


 その後、彼は『新世界』と呼ばれる組織を作る。

 なんらかの協定を結んだらしく、国家機関と交渉する立場になった。私兵すら持つような巨大組織に成長し、サイキックについて研究する施設を作り上げた。


「しかし、今回モルモットにしたのは、彼本人では無い。分かるな……?」


 彼は自身の体細胞を元に、五人の複製クローン人間を生み出した。


 元々は、超能力を持たない人間に対し、ゲノム編集で超能力を与えようと試みていたが、上手くいかず、自身のクローンを遺伝子レベルから研究・実験する手法に切り替えたのだ。


 ただし厳密にいえば、五人は完全なクローンでは無い。超能力に関係する遺伝子を特定すべく、実験に応じて各々異なるゲノム編集が施された為だ。


「生まれる前からモルモット扱いだ。過去に自分がやられた以上のことをするなんて、コイツに同情の余地は無いだろう」


 その子供たちは、サイキックとしてもまだ子供だという皮肉か、奇術師がよく用いるトランプに準えて名付けられた。


 キング、クイーン、ジャック、エース、そして――


「ジョーカー」


 ユウが口を開く。


 その嫌いな名前を呼んだ。


 いつ嫌いになったのかは分からない。


 だが、今の自分の名前はただ一つ、愛沢ユウだった。


 記憶喪失だった七歳の自分に、トウコが付けてくれた優しいという意味の名前。そして、トウコと同じ名字。家族の証だった。


 他の呼ばれ方などいらない。


「そうだ。ジョーカー、きみのことだ。きみは、新世界が所有する複製超能力者クローンサイキックの一人だった」


 ゼンがユウの顔を見つめる。パイプ椅子に座るユウは、穏やかなまでに落ち着いているように見えた。記憶喪失が事実だとすれば、平和的な日常生活を送ってきたごく普通の中学生にとって、この話はショッキングだったように思うが。


「……あまり動揺していないようだ。それがきみの生来の性分か?」


「いえ。一人だったら潰れていたかもしれませんが、オレにはトウコさんがいますから」


「愛沢トウコ……七年前にきみを保護した、育ての親か」


 ゼンは腕組みをし、話を続ける。


「きみが逃亡した経緯も多少は把握している。クローンであるきみに生みの親はいない。ある意味では父親ともいえるオリジンはきみをモルモットとして扱ったが……研究員の中には親身に想ってくれた人物が、一人、いたようだな」


 ゼンがその人の名を口にする。


「愛沢ユキネ」


 ――その名を耳にした瞬間、ユウの心臓がドクンと強く跳ねた。音が聞こえるほど。痛いくらいに。


「きみの育ての親であるトウコさんの姉に当たる。彼女はクローンサイキックの子供たちの世話係を兼任していた。それ故に情が移ったのかもしれない……七年前、彼女はキングとジョーカーの二人を施設の外へと逃がそうとした」


 ――ドクン。ドクン。


 強烈な心臓の鼓動は収まる気配が無く、強引に押し出された血流は、激しい頭痛となって押し寄せた。目眩すら覚える。


「しかしながら、その脱出の際、追手の銃撃によって死亡。二人の子供も捕まるのは時間の問題だった。が、キングが超能力で応戦、彼に兵力が注がれたため、きみは一人だけ逃げおおせることができた」


 頭痛と目眩の中から、声が聞こえた。


 子供の声だった。


 ――ぼくが、身代わりになるよ。


 子供の声はもうひとつ。自分の声?


 ――ダメだよ、きんぐ。それじゃあ、きみが――


 ――だいじょうぶ。きみは、ぜんぶ忘れるから。


 目眩でぼやけた視界中に、子供の手が見えた。ぼくのおでこに手を当てている。


「きみは超能力の才能が乏しく、重要な実験対象では無かったため、追跡の手も緩かったようだ。キングが強力なサイキックとして覚醒したことで、彼の研究に集中したかったせいもあるだろうが」


 ――さよなら、ジョーカー。ぼくの分まで、しあわせになって。


 視界がぐるりと一回転する。


 ユウの意識は、そこで途切れた。


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