第8話「家族」

 縫い合わせた傷に包帯を巻いてもらって治療を終えると、ファミリーのリーダーである枢木ゼンの待つ部屋に向かうことにした。

 大切な話があるらしい。


 ファミリーのアジトは山中にある廃工場を利用しており、地下階層があった。 苔生したコンクリートの階段を下り、両手を広げたほどしかない狭い廊下を歩いていく。


 途中、先に話を終えたらしいトウコと出会った。


「ユウ? 大丈夫……?」


 ユウを見るトウコの目は優しかったが、どこか思い詰めたような表情をしていた。


 トウコがファミリーのリーダーと何を話したのかは分からない。しかし、あまり楽しい内容で無かったことは確かだった。


 ユウは笑顔を作り、明るく振舞おうとする。


「怪我なら大したことないよ。多少出血はしたけど、全然軽傷。普通に歩けるし」


「怪我のことじゃないわ。作り笑顔なんかしなくていい」


 言葉に詰まる。あっという間に見破られていた。


 騙し切れる自信もなく、黙って顔を伏せる。


「エースを――人を殺したことが原因ね?」


「……うん」


「現場を見ていたわけじゃないけど、相手は何百人も殺してきた殺人鬼だし、今のあんたを見れば分かる……仕方なかったのよ」


「違うんだよ、そうじゃないんだ。そうじゃないから……怖いんだ」


 俯いたユウの肩は震えていた。


 トウコは優しい目をしたまま、ユウが話し出すのを待っていた。


「……仕方なく殺したわけじゃない。自分が殺されると思ったからとか、正当防衛が理由でアイツを殺したわけじゃないんだ」


 喉から絞り出すように必死に吐露する。


 なぜ自分が正直に話をしているのか不思議だった。ミナギのように拒絶されたくなど無かった。トウコにまで見限られてしまったら、きっと自分の心は潰れてしまうだろう。でも、話さずにはいられなかった。一人で抱え込むにはあまりに重たい事実だった。


「オレは、自分の意思でエースを殺した。戦っているときは恐怖や痛みで曖昧だったけど、アイツの首の骨を折る最期の瞬間のことだけは、はっきりと覚えている。間違いなく、自分の意思で、チカラを使って、殺したんだ」


「どうして、殺そうと思ったの? まだ理由を聞いていないわ」


 エースを殺した理由。


 友人を殺された怒り――だけでは無かった。


 しかし、それを伝えれば責任を押し付けてしまう気がした。


 話し出せない。


 木偶の坊のように立ち尽くす。

 適当な嘘で誤魔化せる自信も無かった。


「……なんか、あんたがクラスメートを殴ったときのことを思い出すわね」


 唐突に思い出話をされ、面食らう。しかしトウコのほうは、優しく微笑みながら話を続けた。


「小学五年生のときだったかしら。あんたが授業中にクラスメートの男子をボコボコにしたって、学校から呼び出されて、あたしが理由を尋ねてもあんたはなかなか喋らなくて……そのときの状況によく似てるわ」


 その微笑みは、呆れたような、嬉しそうな。昔を懐かしみ、愛おしく思っていた。


 ユウにとっては、人生最大の怒りの記憶として刻み込まれていたのだが――


「でも、前みたいに水商売やってるあたしを馬鹿にされたからって、殴ることはあっても殺すとは思えないし……。きっと、あたしのことを殺す、とか言ってきたんでしょうね。今回の相手は殺人鬼なんだし」


 嘘を口にせずとも結果は同じだった。


 この人の前で嘘の自分は通用しない。


 だから、自然と正直に話をしてしまうのだろうか。


「トウコさん……。オレ、バケモノなのかな? 変なチカラが使えて、人を殺して……。オレ、怖いんだ。今までの、普通だと思っていた自分が、壊れていく気がして……」


「何言ってんのよ、大丈夫よ」


 トウコがユウの頭をポンポンと叩く。今はもう同じくらいの背丈だったが、出会った七年前と変わらずトウコのほうが大きく、ユウのほうがずっと小さい気がした。


「ユウはバケモノなんかじゃない。超能力が使えようが、魔法が使えようが、そんなことは関係ない。あなたは、私の息子よ」


 ユウにとって、一番欲しかった言葉だった。


 胸が熱くなる。

 

 目の前が、涙で滲んでいく――


 バケモノだと言われた。


 普通の人間ではなく、超能力者サイキックだった。


 今までの全部が壊れていく気がした。


 自分のことなのに、自分が怖くなった。


 どうしようもなく不安で、頭がおかしくなりそうだった。


 でも、大丈夫。


 オレは壊れたりしない。


 異常なチカラを持っていたとしても、エースのような殺人狂になったりなどしない。


 大丈夫。


 オレは、この人の子供だから。


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