第7話「嫌われ者」
肩の切り傷が針と糸で縫われていく。
麻酔のおかげで痛みは少ないが、ユウは気が気で無かった。
傷を縫合しているのが、自分と同じ中学生くらいの女の子だったからだ。
診察したのは見るからにベテラン医師の老人だったが、ユウの傷が軽傷であると判断すると、
もっと重症の患者が別室の大部屋にいるらしい。ユウは書類だらけの医師の私室のほうへ追いやられていた。
「言っとくけど、先生の手伝いを始めて三年以上経つし、今まで百人以上の負傷者の手当てをしてるから。それでも気になるんなら、自分で縫えば?」
そして、この態度。彼女とは初対面であるはずなのに、あからさまに嫌悪されていた。
「縫い方が丁寧だし、ウデの心配はしてないよ。ただ、今にもハサミで斬りかかって来そうな雰囲気だから」
レナに睨みつけられる。その眼光には激しい感情が渦巻いており、ユウは息を呑んだ。
「アンタ、サイキックなんでしょ」
サイキック――超能力者。人を超えた能力を持つ者。
触れずに物体を動かしたり、一瞬で別の場所に移動したり、考えるだけで人間を殺害できる者。……バケモノ。
「……そうみたいだね」
「わたしの両親は、サイキックに殺されたの」
ユウは目を伏せた。嫌われている理由にも納得がいった。
「やったのは、エースっていう殺人狂よ。アンタが殺したクズ。でも、感謝なんてしてないから。アイツはこの手で殺したかった。無理だって分かってたけど、せめて、ファミリーの誰かに殺して欲しかった」
「きみも……ファミリーのメンバーなんだね」
「だから何? お前だって無差別に人を殺すイカれたテロリストだろ、とでも言うつもり?」
違うよ、とユウは咄嗟に否定したが、正直な話、まだ今の状況を上手く飲み込めていなかった。
現在、ユウが居る場所は、巷ではテロ組織と呼ばれている『ファミリー』のアジトである。
トウコに連れられて彼らの車両に乗り込み、ここに到着するまでの道中、ファミリーのリーダーだと言う枢木ゼンから組織のことを少し聞いていた。
ファミリーは国を標的にするテロリストではなく、サイキックを中心に構成された非合法組織『
現場に居たのだから、今日のニュースを見れば分かる――そう、ゼンは口にしていた。
「テレビ、点けてもいいかな?」
レナは不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、机の上に置かれたテレビの電源を入れてくれた。
画面に、自分の通っていた中学校が映る。
……爆破テロで男女二十七名の生徒が死亡。被疑者は丸岡ケンタという同校の男子生徒。犯行声明と思しき遺書が残されていた。その内容には、国際テロ組織ファミリーとの関係が疑われる記述があり……
「なんだこれ……無茶苦茶だ」
そのうち、ケンタの友人と名乗る顔にモザイクの掛けられた少年が、ケンタの異常性を語り始めた。
「テロリズムに憧れている傾向があっただと? ふざけたことばかり言いやがって。誰なんだよ、こいつは」
「さあね。金でサクラを雇ったか、サイキックが
ユウが悔しそうに目を瞑って顔を伏せる。死んだ友人のことを想った。理不尽に殺された挙句、虐殺の犯人に仕立て上げられるなんて、酷過ぎる。
「……大きな事件だ、絶対に誰かが気づく」
祈りのような呟きだった。
レナがユウのほうを見る。その視線には、少しだけ同情の色が混じっていた。
「気づかれたところで明るみになんて出ない。そもそも組織の本拠地がどこにあるのかさえ分かっていないし、関係機関を探り当てても、重要人物が不審死したり、原告側が間違えて証拠隠滅しちゃったりするらしいから。……
「山内さんって?」
「元検事の人。ファミリーの副リーダー」
「……そんな人までいるんだね」
「敵は普通の人間じゃないから、正攻法じゃ勝てない。泣き寝入りするしかない。だからファミリーが出来たの。家族を殺された人、法律に限界を感じた人……。ここのメンバーはみんな、サイキックっていうイカれた存在に人生を狂わされた被害者たちなのよ」
だから、とレナがユウを見つめる。憎しみと優しさが綯い交ぜになった複雑な色で。
「ここではサイキックは嫌われ者よ。自分の行動には注意したほうがいい。いつ後ろから刺されてもおかしくないから」
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