第6話「ジャックとクイーン」

 ベッドの上に寝転がり、携帯型ゲーム機でピコピコと遊ぶ。画面の中の巨大なモンスターに、キャラクターが大きな剣で一太刀浴びせる。


「しぶといなぁ、コイツ。やっぱ、ソロプレイのままでクリアは無理なのかな~」


 金髪の少年が寝返りを打って横になる。年齢は中学生くらい。Tシャツとジーパンのラフな服装だった。


 画面を見たままう~んと背伸びをする。


 伸ばした二の腕には、注射器を刺した痕が無数に残っていた。


 コンコン、と部屋のドアがノックされる。


「私よ、ジャック。入っていい?」


 どぞー、と金髪の少年がその女性の声に間の抜けた返事をする。


 部屋に入ってきたのは、少年と同い年くらいの女の子だった。髪の毛は黒みの強い臙脂色で腰くらいまで長く伸ばしており、服装はブレザーにロングスカートと清楚な印象である。


「どしたの、クイーン? 僕、今ゲーム中なんだけど」


 ジャックはゲーム機から目を離そうとしない。クイーンは呆れ顔で息をついた。


「だから邪魔するなって? 検査や実験のとき以外、ずっとゲームしてるじゃない」


「クイーンのほうこそ部屋で音楽ばっかり聴いてるじゃん。あの退屈なやつ」


「クラシックよ。心が落ち着くから好きなの。今度一緒に聞きましょうよ」


「やだよ。渡されたCD聴いたけど、三分で飽きたし」


「う~ん……じゃあ、また一緒にゲームする?」


「それも遠慮しとく。姫プレイはもう懲り懲りだっての。クイーン、流血表現もダメだしさー」


「ご、ごめん。でも、血が出ないゲームだったら――」


 焦れたようにジャックが両足をバタバタと前後させる。


「てかさ、用事があったんじゃないの? 早く本題に入ってよ」


「あ……うん」とクイーンが名残惜しそうに顔を伏せる。もう少しジャックと他愛のないお喋りをしていたかったというのが本音だった。


 ――自分たちに降りかかるのは、つらい現実ばかりだから。


「エースが死んだわ。ジョーカーに倒されたって」


「あぁ、あいつ死んだんだ。嫌いだったんだよね、ラッキー」


 ジャックはやはりゲームをしたままだ。


「……私たち、兄弟みたいなものなのよ? もう少し悲しんであげるべきじゃない?」


「そういうクイーンだって嫌ってたじゃん。ザコのくせに力を誇示したがるし、弱い者イジメが趣味。気の弱いジョーカーのことをいつもイジメてて――」


 そこまで言って笑い出す。


「そっか! 昔イジメてた相手に復讐されたってことじゃん! 超ウケるんですけど!」


「笑ってる場合じゃないわ。目撃した兵士の報告によれば、ジョーカーはキングの能力に匹敵するくらいの強力なパイロキネシスを使ったらしいの」


 ハァ? と驚いてジャックが枕元にゲーム機を投げ出す。


「んなわけないでしょ。ジョーカーの超能力の順位クラスって、最下位の五番目だったじゃん」


 ジャックはベッド脇に腰掛け、顎に手を当てる。ゲーム機からはとっくに手を離していたが、ひとりでに操作ボタンがピコピコと押され、画面の中のキャラクターが動いていた。大剣を振りかざし、巨大なモンスターと戦い続けている。


「――そんで、エースが四番目に強くて、僕が三番目、クイーンが二番目……。五番目が四番目を倒すことは不思議じゃないけど、最強のキングに匹敵するなんて、有り得ないっしょ」


「そうね。目撃した兵士も、サイキック同士の戦いを見たのは初めてなわけだし、恐怖のあまりにそう見えてしまっただけかも」


「納得。僕らだってそんな熱いバトル見たことないし。誇張されちゃったんだねー」


「でも、父さんはジョーカーに興味を持ったみたい。私たちに捕獲命令が下ったわ」


「ありゃ。ジョーカーが低能だからって、七年以上も放置プレイだったくせに。今になって最優先事項に変更ですか」


 そのとき、唐突にゲーム画面の中のキャラクターが停止する。ゲーム機の操作ボタンが押されなくなっていた。キャラクターがモンスターに喰われてしまう。


「――って、ちょい待ち。私たち?? 私たちに指令が下った、って言った?」


 ジャックが自分のほうとクイーン、交互に指差す。


「そうよ。私も行く」


「じょ、冗談でしょ? クイーン、超能力はすごいけど、血を見るのがダメじゃん。戦闘、できないじゃん。リアルでも姫プレイしろっての?」


「でも、もしジョーカーの力が報告の通りだったとしたら、一人で行くのは危険よ。何かあったら、私が全力で捻じ伏せる」


 クイーンの目には、確固たる決意があった。ジャックを守るためだったら、なんでもしてみせる――と。


 自分の命を投げ出すことも。


 ジョーカーを……殺すことも。


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