第5話「化け物」

「……ユウ? 今、何したの?」


 声に振り向けば、少し離れた場所にミナギが立っていた。怯えたように肩を抱いている。


「さっきの炎も、ユウがやったの? その人のこと……殺したの?」


 ミナギは怯えきった目でユウを見ていた。恐れていた、ユウのことを。


 ユウは答えられず、視線を逸らした。幼馴染にそんな目で見られるのが耐えられなかった。


「ユウが……殺したの? マキちゃんや、丸岡くんも、みんな……」


「ち、違う……。それは、オレじゃ――」


 ユウがミナギのほうに、一歩、近づいた瞬間だった。


「――化け物! 近寄らないで!」


 ミナギが強い言葉でそう言った。


 ユウの踏み出した足が止まる。凍りついたように。


「化け物……?」


 自分の口で反芻する。


 ――バケモノ。


 自分の両手を見る。見慣れた自分の手であるはずなのに、今は別人のもののように思えた。


「変なチカラが使えて、人を殺して……確かに、そんなの普通の人間じゃないよな。オレ、化け物なのかな……?」


 自分の顔に触れる。形を確かめるように。ぐちゃぐちゃに。


 ……陽が落ちて暗くなった校庭に、車のヘッドライトの眩しい光が差す。


 ユウとミナギの前に、一台のワゴン車が止まった。


 ドアを開け放ち、一人の男とトウコが出てくる。


 ユウとトウコの目が合った。


「トウコさ――」


 ユウは駆け寄ろうと踏み出した足を……止める。

 今度は自分の意思で。


 顔を伏せると、自分の足が見えた。白いシューズが血で赤く汚れていた。

 こんな姿を母親に見られたくなかった。


「ユウ! 無事で良かった!」


 次の瞬間、ユウはトウコに抱き締められていた。


 思いがけず、ユウの目が点になる。


 温もりに触れて、涙が出そうになった。


「――って、よく見たらゼンゼン無事じゃないわっ! あんた傷だらけじゃないの!」


 トウコが体を離してユウの傷を見る。


 その後ろで、ミナギが二人の姿を見つめていた。いつもの、二人だった。


「トウコさん……それどころじゃないんだ。オレ、変なチカラが使えて、人を殺して――」


「エースが追ってきたのね。おおよその事情は『ファミリー』の連中から聞いてる」


「トウコさん、エースを知ってるの……? それに、ファミリーって――」


「説明はあとでするわ。今は傷の手当てが先よ」


 トウコがユウに肩を貸す。

 そして、ワゴン車から一緒に出てきた男に声を掛ける。


「ほら、お望み通り、あんたらのアジトに行ってやるわよ。ちゃんとエスコートしなさいよ、『ファミリー』のリーダー」


 そう呼ばれた男はエースの死体を見ていた。三十歳くらいの痩身の男で、驚いたような表情で無精髭をさすっている。


「……その前に、彼に確認したいことがある」


 男が――枢木すうきゼンがユウのほうを見る。


「本当に、キミが殺したのか?」


 ユウが黙って目を伏せると、ゼンは首を横に振った。


「違う、責めているんじゃない。キミ一人の力だけで、この凶悪な殺し屋を倒すことができたのか、と聞いている」


「……多分、そうです」


「多分? 曖昧だな」


「頭の中で、変な子供が話しかけてくるんです」


「子供?」


 ちょっと待って、とトウコが話を遮る。


「質問ならあとにして。怪我してるのよ? 敵の仲間も来るかもしれない」


「……そうだな。急ごう」


 校庭にさらに二台のワゴン車が到着する。

 ゼンは、ドアを開けて出てきた部下たちにエースの死体を回収するように指示を飛ばした。


 トウコはユウに肩を貸したまま、ミナギの前で立ち止まる。


 ミナギは下を向いて黙ったままだった。ユウもミナギのほうを見ようとしない。


「ミナギちゃん。今日起こったことは忘れて、自分の家に帰りなさい。落ち着いたら、ちゃんと連絡するから。……ごめんね」


 最後に謝ると、トウコはユウと一緒にワゴン車のほうへと歩き出した。


 残されたミナギは、肩を抱いていた指に力を込める。

 痛いくらいに掴んでから、離した。自分を守っていた腕を下ろし、後ろを振り向く。

 遠ざかっていくユウの背中を見つめた。


 今にも消え入りそうな、小さく弱弱しい背中。肩や足は傷だらけでボロボロだった。

 そんなことに、今更気づいた。


 唇を噛み締める。ユウは人を殺したのかもしれない、信じられない力を持っているのかもしれない、しかし――傷ついた幼馴染に対して、化け物だと拒絶することしかできなかった自分が、情けなかった。


「きみは……彼の友達か?」


 ミナギに話しかけてきたのは、ファミリーのリーダーであるゼンだった。

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