第10話「ファミリー」
ユウの体が担架に乗せられ、部屋の外へと運び出されていく。
枢木ゼンは腕組みをしながらそれを見送った。
「……どうなってる? ついさっきまで冷静だった」
「体力的な問題もあるだろ。疲労と心労が重なったんだ。誰かさんの焦りのせいで」
頬に傷のある男が、ゼンの肩を小突いた。
「そうは思えん。逃亡の話を始めてから急におかしくなった。……俺が焦っているのは認めるが。理由は分かるだろ、山内」
山内キンジは頬の傷を触りながら唇を尖らせる。
くだんの理由は、肯定も否定もし兼ねた。
「……なるべく早く、彼を取り込みたいわけだ。文字通り、
キンジの年齢はゼンより少し上くらいで三十代前半。筋肉も脂肪も大きく付いた大柄な体格で、髪は短く坊主頭だ。一見恐ろしい出で立ちだが、話し方は穏やかで優しい雰囲気である。
「オリジンの影響下にないサイキックは彼だけだ。味方にできれば、大きな戦力になる」
――ふざけないでください!
二人の男のほうへ、甲高い罵声が降ってきた。
カツカツと靴音を鳴らして、細身の眼鏡を掛けた女性が歩いてくる。
「ファミリーにサイキックを入れるつもりですか!? 考え直してください!」
「……
浅間ツバキは二十代後半くらいの女性だった。神経質そうな雰囲気を持っていたが、そのショートの髪は適当にハサミを入れたみたいにバサバサで長短が分かれた雑なものだった。
「枢木さんはサイキックがどういう連中か忘れたんですか? 武器も持たず、歩くだけで人を殺す。通りすがりの罪の無い人だろうと、幼い子供だろうと、近くに居たって理由だけで皆殺しにする」
ツバキの目には涙が浮かんでいた。自分に起きたことだった。
「あいつらに心なんて無い。人を殺すために生まれてきたような、危険な存在です。そんな化け物の一人と、手を組むつもりですか?」
ゼンが沈痛そうな表情で首を振る。
「勘違いしないでくれ、浅間。俺だって憎しみを忘れたわけじゃない。きみが夫と子供を奪われたように、俺も両親を殺されている。忘れられるわけが無い」
しかし、とゼンは悔しそうに奥歯を噛み締める。
「正直、手詰まりだ。超能力を使われれば法律で裁くことは叶わず、サイキック自体を暗殺するのも不可能に近い」
何度か暗殺を試みたことはあったが、いずれも失敗していた。つい先日も、武装した三十人で奇襲作戦を決行したが、たった一人のサイキックに対して、傷一つ与えられないまま半数以上の仲間が死んだ。
「だが、ジョーカーは奴を……エースを、たった一人で殺した。それに対して我々は、五年以上の歳月を掛け、百名を超える犠牲者を出し、それでも敵わなかった。自らの手で、新たな悲劇を招き寄せてしまっただけだった」
ツバキが視線を落とす。
「……人身売買を止めたこともあります。僅かですが、敵の情報も手に入れることができました」
「情報収集や末端組織の邪魔をしているくらいでは、奴らは止められない。それに、全体の士気の低下を鑑みてこれまで言及してこなかったが……我々は奴らに見逃されているだけだ。実際、新世界側から仕掛けてきたことは一度も無い。奴らが本気になれば、あっという間に潰される」
ついにツバキが黙り込む。その肩に、キンジがぽんと手を乗せた。
「ジョーカーっていうか、愛沢ユウくんなんだけどさ。一回、会ってみたら? 印象が変わるかもよ。レナちゃんが見張りと称して彼を尾行してたみたいなんだけど、意外とイイヤツかもって言ってたよ。マザコンっぽいとも言ってたけど」
ツバキが肩に置かれた手を払い除ける。
「どんな理由があろうと、仇の化け物と手を組むつもりはありません。他のファミリーの仲間も同じ考えだと思います。みんな、サイキックに恨みがあってここにいる。それは肝に命じておいてください」
ツバキが部屋を出て行く。
理解はしてくれたが、納得がいっていないようだ。キンジはため息をついた。
「どうすんだ、ゼン。強行するのか?」
「その必要は無い。こちらにもサイキックの力が要ると――すぐに思い知ることになる」
キンジの表情が険しくなる。
「お前……。だから隠れ家を移動しなかったのか。それは危険な賭けだぞ? もしユウくんが行動しなかったらどうなる?」
「するさ。さっきの彼の発言で確信した」
ゼンが不敵な笑みを浮かべる。
「ここには彼の母親がいる。守るために、戦うさ」
「……ゼン。お前はそれでいいのか?」
「ああ。ファミリーの仲間に犠牲が出た日……誓ったんだ。オリジンを殺すためなら、手段は選ばない」
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