第55話

「皆さんッ!大変長らくお待たせいたしましたッ!!」


照明が暗転し、クイーンの『We Will Rock You 』を思わせるビートが疼くような楽曲が会場に鳴り始めた。曲名は知らないがどうやら最近流行っている邦楽であるらしい。


「血戦ッ!第二幕ッ!!」


地元でそこそこ知られているモノマネ声優のナレーションが響くと「くるぞ、来るぞ…ははっ」と小保北の貧乏ゆすりが激しくなった。


「常勝校に降りかかった突然の衝撃ッ…!ライバル校の台頭に、指導陣による相次ぐ不祥事ッ…!」


体育館奥のモニターには双峰中監督、貝谷ハツエの活動停止処分を報じる新聞記事が映っている。その後に後任監督の飲酒運転による除籍処分の記事が浮かぶと神妙な面持ちでモニターを見つめる小保北が顔をしかめた。


「ここ数か月で彼らの世界は変わったッ…!そして誰もが思ったッ…!双峰中の卓球は終わったとッ…!」

「くどい喋り口調ですわね」


くらげがまるで映画の宣伝予告を見るように興味がないような態度で映像を眺めている。周りを見ると小保北の衝動が感染したように皆これから始まる闘いに血が騒いでいるのか、膝を揺らし、足を鳴らし、地面が軽く揺れている。まるでこの体育館を丸ごと飛空船にして観客の衝動をエネルギーとして未知の世界に羽ばたいていくようなイメージが頭に浮かんだ。


「しかしッ、この男は諦めなかった…!新部長に任命された彼は今日まで公式戦の全てを辞退。いつか光が差すその日まで…その肉食獣は牙を研ぎ続けたッ…!」

「(活動休止期間中は)キツかったっすね。その当時は」


鼻にブリーズライトを張りシャツの袖を捲った男、江草地衣太がカメラの前で視線を落としながら語る映像が流れ、「おおお」と小保北が両拳を握る。


「オレも部員たちも監督たちも。みんなが全部上手くいってないって感じで。(チームの雰囲気は)最悪でしたね。打ちのめされました。色々とね」


「弱さを知りッ、それでも未だ前に進もうとする強い意志ッ!荒野を駆ける斑紋猫チーターの目線の先には新たな世界が広がっていたッ!」

「(今回、北の強豪校との合宿権を争う件について)もうやるしかないでしょって。オレがキャプテンなんだから。(この舞台で)自分が最強だって証明したい」

「様々な想いを背に、男はその戦場に返ってきた。己のフットワークに更なる磨きをかけ、この場に力を魅せに舞い戻った男の名はッ、T県最強の双峰中キャプテン、制御不能の反則男チーターマンッッッ!!江草地衣太ァァ!!!」

「ウオオオオオオッ!!」


隣に居た小保北が突然立ち上がり咆哮をあげた。異様なテンションに盛り上がる会場の熱気とは対照的に右隣のくらげは凛とした表情でモニターを見下ろしていた。


「何が『うおおお』ですの?次は本日の主役の登場ですわよ」


後ろの席に配慮し、小保北を座らせると照明が一気に青に変わり、モニターに褐色の肌をした健康優良選手が映し出される。するとくらげが「っ~~!!」と息を吸い留めるようにして両足を女児のようにぶんぶんと座りながらその場で振った。


「第一幕ッ!夏に合宿権を手に入れたあの男が返ってきたッ!」


セピア調に加工された映像の中でぼくと対戦を繰り広げる山破ショージ。彼の力強い低い弾道を維持した高速スピードドライブが決まると録音された歓声があの日の記憶を呼び起こす。


「スポーツの街、天ヶ崎市が産んだ自他共に認める卓球馬鹿の最強伝説第二幕ッ!!秋の新人戦全国4位まで登りつめた男の視線は常に未来を見据えていたッ!」

「(良いところまで行っても)優勝できていないんで。ヤるなら強い奴とヤリたい。(北の強豪の生徒たちは)アイツらは強かった。また(今回も)やってみたい」

「強ければ喰らいッ!弱ければ倒すッ!弱肉強食の野生の本能ッ!返球不可能のマジックサーブを武器に現れた男の名はッ!変幻自在の黒豹ブラックパンサー、山破ショージッ!!」

「きゃー!山破さまー!」

「…本田、お前すごいよ」


完全にキャラを忘れ一般女子になってしまったくらげを横目に小保北がぼくを褒めた。


「夏にやった一回目の山破との対戦。この空気感でアイツと闘ったのかよ」


振り絞った声は震えていた。しかしそこには対戦相手や闘争心を煽り立てるメディアに対する恐怖よりもあの場に立った者に対する羨望、同世代の彼らに対する焦燥が言葉の節々からも感じられた。周りの卓球部員たちも『あの場所』を知るぼくから少しでも情報を吸収しようと熱のこもった視線をぼくにぶつけてくる。


メディアを挟んだ一対一サシでの真剣勝負。自らの努力と決意を格闘技の煽りVTRのように紹介させ、観衆達の前で力を示し、勝利を収める事はここにいる卓球部員達の目標であり、夢であった。


気が付くと入口から焚かれたスモークの中から額にバンダナを巻いた地衣太が駆け出してきた。小保北を中心とした双峰中関係者が拍手を送ると彼はそれに丁寧に応えるように手を振り返した。


「さぁ、いよいよあの方の登場ですわ」


くらげが食い入るように入口を見つめる。次のスモークが焚かれ、ショージが現れると「ああっ!」と驚いた声で両手を覆い隠し、くらげがその場で仰け反った。


……太っている。山破ショージ、この一戦を前にまさかのオーバーウエイト。遠目から見ても最後に会った秋の新人戦から10kgは太っている。


「アイツ、まじかよ…」


横に広がった巨体を揺らしながら卓球台に向うショージ。その姿を見てぼくは開いた口が塞がらなかった。


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