つむじ風

第50話

先週末に開催された隣町のハロウィンパーティー。その中で開催された卓球のダブルスペア大会。オリンピックメダリスト、競技歴50年超のでぇベテランがひしめく魔境にて我が生徒が優勝、準優勝のワンツーフィニッシュ。


その余波は意外に大きく、試合後から登校までスマホアプリの通知が止まらない。大半の連中はテレビで試合を見ただの、実際に現場に居合わせて試合を観てくれただの、一緒に組んだ美女とはどこまでイっただの、うどんのような太麺ともやしと背油スープを天地ガエシしたような混沌カオスがぼくの携帯端末の中で繰り広げられていた。


夏の大会、全国まで後一歩のところまで登り詰め、その後部長として卓球部を切り盛りしてきたぼくの苦労を知っている者は多く、休み時間にもバレー部の山岡、吹奏楽部の二川くん、バスケ部の神谷など知った顔がぼくを激励にやってきた。ぼくは彼らと冗談を交わしながら、あの日体育館で活動休止をした日から抱えていたモヤモヤした気持ちが大会優勝という結果で次第に晴れていくような感覚があった。



放課後。体育館に向う廊下の途中でテニス部の1年、戸越を見かけた。いつもは取り巻きを囲っている奴は今日はひとりで所在なく壁にもたれるようにして立っていた。ぼくが「よう」と話しかけると「ああ」と面倒くさそうにこちらを振り返った。


「昨日はナイスゲームだった。まさかお前があそこまで真剣に卓球をやってくれるとは思わなかった。……で?キシトモさんとはどうなったんだ?」

「あんたまでそんなゲスい事聞くのかよ。こんないたいけな中学一年生に」


戸越は自嘲気味に笑うと腕を組んで首を捻った。


「あの後、あの人から説教されたよ。『ナンパするならちゃんと相手を選びなさい』ってな。カメラの前であんな引き様見せちまったらオレの桃色の学園生活も終わりだ。これからは真面目に部活にでも向き合って過ごしていく事にするよ」

「それなら、卓球部に…」


ぼくがそう言いかけたその瞬間、学校の玄関口から大きな黄色い歓声が轟き、階段から多くの生徒が降りてきてぼくらの間をすり抜けるようにしてひとつの方向に走り出していく。ぼくと戸越もその濁流にのまれるようにして彼らと一緒に廊下を駆け出していく。


「な、なんの騒ぎだ!?」

「知らないんすか?有名人がこのガッコにやってきたんすよ。やっぱり噂は本当だったか」


どうやらその濁流の出口は体育館だったようで大勢の生徒たちが朝礼に並ぶようにして廊下に集まっている。「はーい、押さないのー!アナタ達、道あけてー」聞き覚えのあるオカマ声が耳に届くと群衆が目当ての人物を見つけたのか、ひときわ大きい歓声が巻き上がる。「一体なんだってんだ」人並を割いて体育館に近寄ろうとすると「モリア!」とぼくを呼び止める声がする。廊下の壁際にマネージャーの小松里奈の姿を見つけると駆け寄ったぼくに対して彼女は言った。


「大変な事になっちゃった。まさか彼が本当にウチに来るなんて」


興奮を堪えきれずに息の荒い里奈に「一体何が起こってるんだ?」と聞くと「通知見て!」と里奈が上ずった声を挙げる。スマホに目を落とし、大量の通知から里奈の言う受信時間でソートをかけるとカラフルな絵文字が多用されているメッセージが目に留まった。


ハーイ、モリアちゃん。昨日は大活躍だったわねぇ~♡


いきなりでメンゴなんだけど、ウチの練習場で例の感染症の症状がある生徒ちゃんが出ちゃってねぇ、今日の放課後、アナタ達のガッコの体育館で少しだけ今日試合のある教え子ちゃんの調整させてもらいたいの。教え子の名前は、言わなくても分かるわよねん?人が集まると色々トラブルのもとになっちゃから漏らしちゃだめよ?


それじゃ後でね♡ 元全日本卓球コーディネーター 斑猫より。


……いや、人の学校で何してくれてるんですか!?


急いで体育館の入口に向うぼくと里奈だったが人の数が多くほとんど前に進めない状況になってしまった。「彼の姿を見かけて駅から付けてきた生徒がいてね」社交的でゴシップに詳しい里奈が事の顛末を説明する。


「噂半分だったけど、ハンミョウさんと一緒の車に乗っている写真が拡散されてこっちに向ってくる情報が流れてこの大騒ぎよ」


ぼくは興奮する気持ちを押し殺してスマホに再び目を落とした。本当に彼がこの場に来ているのか?だとしたらぼくは彼と話し、何をする?高ぶる気持ちが伝播したのか体育館の中から「まじかよ!?」と雷鳴のような雄たけびが響きだした。やっと入口を跨ぐとネットで区切られた奥の卓球台にひとりの少年が歩み寄っている。彼がジャージの下に着ていたフードのかぶりを後ろに脱がして表情が明らかになると今日一番の大歓声が学校中に轟いた。


――学校のみんな、いやぼく達卓球部員が心沸き立つのも無理もない。

彼はこの国の卓球界を背負って立つ若き存在。現役中学生、14歳にして国内最強。その少年の名はトガリ・ロン。


「あーら、やっと卓球部部員がお出迎え?自惚れるつもりはないけれど、彼はアタシが産んだトップアイドルよ。少しくらい気を回してくれても良いんじゃないかしら?」


ハンミョウさんが言葉とは逆のオープンな態度でぼくらを出迎えるとぼくは悪態をつくのも忘れてネット越しに素振りを繰り返す彼の姿に目を奪われていた。「ネットはずしちゃえよ、もう」バレー部員たちが人垣に辟易したように部活区切りの天井ネットを横に引き始めた。広くなった体育館で彼がひとりだけ運動を始めていた。ちょっと、と背中を里奈に小突かれてぼくは彼に向って歩き出す。部長として訪問者の彼に挨拶をしなければならない。でも、彼になんて言えばいいんだ?言葉を探せないでいると彼が「ああっ!」と明るい声を挙げてぼくに歩み寄ってきた。


「穀山中卓球部の部長、本田モリアくんですね?」

「あ、はい!そうです、私が部長です」


不意の相手からの紳士的な対応に緊張しておかしな口調になってしまう。学ランの袖で汗を拭うとぼくは全中学卓球プレーヤーの憧れ、トガリ・ロンと握手を交わした。こういう時節柄でなかったらぼくはしばらくこの手は洗わなかっただろう。


「学校に迷惑をかけてしまってすいません。自分なりに気を付けていたつもりだったんですが」

「い、いえ。迷惑なんかじゃありません。大事な今日の試合前の調整にウチの体育館を選んでいただいて……ええと」


続く言葉が探せないでいると助け舟を出すようにトガリくんがラケットをぼくに差し向けて言った。


「あの、ラリー連を手伝ってもらえませんか?試合前に少し、体を動かしておきたくて」

「は、はい!承知しましたっ!今すぐ着替えます!」


言い終わるが先か、踵を返して更衣室へ駆け出す。どうなってるんだこれ?夢じゃないよな?ぼくらの前に突如として現れた世代別、いや国内最強クラスのトッププレーヤーがぼくとラリー練習をしたいと申し出た。右手に残るあたたかな感触リアリティを失う前にぼくは更衣室のドアを開けた。


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