第48話
「入口の筐体の最高得点、あれ、オメーらの仕業だろ」
ステージの四隅に照明が灯った二人だけのステージでアマギさんがラケットを構えてネット越しにぼくに訊いた。試合前、タクが見せた活劇を思い出してぼくは目の前の長髪の男に頷く。
「苦労したんだぜ、あの得点だすの」
ラバーの底で擦る様にしてピン球をこちらに渡すとぼくはそれを受け取って得点板の数字に目を落とす。8-8の同点。既にダブルスとして1ゲームを落としているから、最終ゲームに繋げるには、ぼくがこの男から『3点以上』取ってこのゲームに勝つしかない。この試合にもデュースが取り入れられている事から10-10で粘られる展開は出来れば避けたい。それに関しては相手も考えてる事は同じだろう。ぼくはピン球を握りCM明けとディレクターの開始合図を待つ。
指が折られて3、2、1。ゼロのタイミングでピン球を放り投げて横回転サーブを打つ。短い打球をアマギさんが卓上でリターン。ミドルに飛んできた打球に合わせてラケットを引き込むと観客のボルテージが沸き立つ熱を背中から感じ取った。
「チキータ!っっと、ああ・・・」
つんのめるような梅崎さんの呻きが聞こえると落胆のため息と感嘆の驚きが混じった歓声がぼくらを取り囲む。ぼくが放った3球目攻撃をアマギさんがその場を一歩も動かずにリターンで得点を奪ったのだ。まるでペン回しのようにラケットを振る動作だけで正確にコースに打ち返したアマギさんは焦るぼくの表情を見て大胆不敵に口を横にして笑ってみせた。
「団体戦でオマエラのガッコに負けて色々考えたよ。卓球について。これからの進路について。悩み抜いた結果、生まれた新戦型。それがこの『ゼロ・ステップ』だ」
大見得を切るひとつ年上の卓球プレーヤーを見据えてぼくは額の汗を拭う。一歩もその場を動かずに最小限の振りのみでの打球処理。『変幻自在』丹羽孝希が得意とした人を食ったような、意外性に溢れた観客を魅了するプレイスタイル。それは常に頂点を志し、人の注目を集めようとする『目立ちたがり屋』のアマギさんにとっては最善解に思えた。
「なるほど。『オペレーション・ゼロ』はこれの改良型ですね」
ぼくが眼鏡を押し上げて問うとアマギさんは胸を張って答えた。
「おうよ、オレの基本戦型は変わらずにもう一人をこき使うやり方だ。王様と奴隷、ちゃ言い過ぎだが試合の主導権を握るのはオレ様じゃなきゃいけないってことさ」
「そうですか。卓球メーカー、ウェイダッシュのご子息も意外と堅実な思考なんですね。1点、損しましたよ」
「…ほう、言ってくれるじゃねぇか小僧」
ピン球を受け取りサーブ体制を取る。確固たる自信があった訳じゃない。彼の戦型を崩すしかぼくに勝利の糸口は無い。プライドが高く、挑発に乗りやすいあの人の事だ。ロングにボールを出せば打ち合いに応じてくれるに違いない。
「そうくると思ったぜ。ほらっ!」
体の正面に構えたラケットを前に少し傾けるようにしてぼくのサーブをリターン。それを見てターブルの下に足を潜らせる。大きなラケットの振りから冷静にコースをついた打球を放つとこれが相手のラケットをすり抜け9-9の同点に。
「オメーも台上プレ-かよ。面白れぇ」
サーブ権が移り変わりアマギさんがボールを握る。「そうだ、オマエんことのすず彦の事だけどよ」ピン球を台上で弾ませながら頭で思いついた言葉を並べるようにして彼は軽快に話を進める。
「1週間前にオレの前にペアを申し出に来た時、アイツ覚悟決まってたぜ。まるで望みもしない名家に嫁入りする遊女のような目をしてた。確かにダブルス地区最強のオレ様を相方に選ぶのは正解だけどよ、ただの遊びの大会だぜ?あん時のアイツ、良い表情してたぜ」
「ウチのマネジがそりゃどうも」
揺さぶりなのか、本音なのか。真意を測りかねているとフッと息を吐いた瞬間にピン球がラケットから放たれた。嫌な先輩だな。次の得点がマッチポイントだ。デュースによる運ゲーを避けるために、このラリーはどうしても制したい。ネットをぎりぎり超えるようなフリックで打球を捌くと、アマギさんが長い手を伸ばしツッツキでクロスに返球。…ここだ。ぼくは半歩、後ろにステップを踏み、ピン球がテーブルを跳ねるタイミングで全身の力を籠めるようにして思い切り地面を踏みしめた。
「体ごとぶつけるっ!」
「…うおっ、まじかよっ!」
球威のない打球に対し、自ら反動をつけて最強打を打ち出す『ジョルト・チキータ』。マツ先輩との送別試合ではうまく繰り出す事が出来なかったが、2回戦での岸田トモエさんとの対戦を経て『0から100へのパワーの移行方法』を学び、ぶっつけ本番ではあったがそのイメージを体現する事が出来た。ネットが無ければ相手に衝突しそうな加速で
「なるほど、それがオメーの切り札ってワケか。結構派手な技、繰り出すじゃねーの。眼鏡のくせに」
アマギさんが顔から滴る汗を拭う。白い腕から覗かせる表情にはまだ余裕が伺える。
「話を戻すぜ。すず彦だけどよ、最初はオマエを部活に取り戻すとか言ってたけど、どうやらアレはアイツはオレに惚れてるぜ。目を見りゃわかる」
「話を戻さないでください。あいつは今この場に居ないし、関係ない」
「オメーにゃ関係なくてもダブルスペアのオレには関係アリアリなんだよ。アイツはオタク趣味だが、よく見りゃ顔は良い。オレ様の何番目かの彼女には丁度良い」
舌なめずりをする彼を見てぼくはため息を吐く。するとやはり、不意打ちのサーブが飛んでくる。せっかくだから試してみるか。ミドルに出された打球に斜めから飛び込むようして全身の力を籠めて踏み込む。ボールにラケット越しに加えた力が伝わるのを感じる。点は線に、空想は実現に。再び放たれた『必殺技』に反応できずアマギさんがお手上げという風にラケットをこっちに向ける。
「まさか2球目にもそれを出すとはヨ。よく咄嗟に体が動いたな」
「…良い人感が出すぎなんですよ貴方は」
ヒールを演じようとする彼を見てぼくは憐れみと呆れを込めたまなざしを向けてみた。どんな勝負事でも勝ちたいという気持ちは理解できる。でもそれは言葉や態度で揺さぶりをかけるいわゆる『デバフの戦い方』では無いはずだ。どんなに悪態をついたって、そんなの彼の掌に浮かんだペンダコを見れば一目で解る事なんだから。
アマギさん、いつかアナタと真正面から勝負して超えてみたい。得点板のゲームポイントが並び、苦笑しながら彼は腰に手を当てて首を傾げてみせている。制約の多い戦いの中でぼくはそれを胸に強く願った。
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