第45話
番組スタッフがステージ側に指を折って合図を出し、照明の向こうのカメラがこちらに向けられる。審判からピン球を手渡され、ファーストサーブはぼくらの手番。台について球を弾ませながら相手の様子を伺うが、どうやら彼らはあのふざけたマント姿のまま試合に挑むらしい。
――ずいぶんと舐められもんだな。発せられる敵の余裕を鼻で笑い飛ばすようにピン球を宙に浮かべて短い巻き込みサーブを放つ。男の方が前に出てこの打球を処理。入れ替わったくらげがクロスにドライブを打ち込むと仮面を付けた女の方、男の仮面をオペラ座の
「御免なさい。少し狙いが甘かったですわ」
「気にするな。決勝戦だからって緊張する事はないさ。相手の位置取りをよく見ていこう」
謝るくらげを鼓舞すると彼女はその場で軽く弾み、試合への集中力を高めた。ぼくはテーブル越しに対戦相手のふたりを注視した。彼らもここまで二試合を勝ち抜いてきた
ピン球を手渡し、くらげのサーブで試合再開。三球目を意識して前に出ると男の方(便宜上【ファントム】とさせてもらう)がクロスに低く長いリターンを流すように放ってきた。こちらの戦術を先読みしたようないやらしいプレー。舌打ちを浮かべてこの打球をロビングで処理すると女の方(こちらも便宜上【クリスティーヌ】とさせていただく)が目線の高い打球に飛びつかずに、腰を落として冷静に狙いすましたドライブをリターン。ミドルに飛んだ打球をくらげが返せずに相手の連続得点。薄い唇から深く息を吐く相方の腰に手を当てて彼女の焦りを解いてやる。
「まだ試合は始まったばかりだ。落ち着いて一球ずつ処理していこう」
「ええ。わかりましたわ。でも」
そう言いかけてくらげはぼくに視線を向けた。
「こちらの手順だったのでできれば2本とも取りたかったですわ」
「そんなにカッカするなよ。試合中むかついたら腹の中に餅をイメージするんだ。怒りはその餅に押し付けて次のプレーに切り替える。心に牛を飼うつもりで試合を楽しもう」
「ええ。なんとなくイメージはつかめ…」
「わっはっはっは!!」
「んなっ!?」
ぼくとくらげのやり取りを見てテーブルの向こうのファントムが仰け反るように大笑いを始めた。馬鹿にされたと身構えるが発せられる澱みの無い笑いからどうやらそういう意図はないらしい。やっと笑いが収まるとファントムはぼくを指さしながら相方のクリスティーヌに言った。
「おい、聞いたか?あいつ今牛を飼うって言ったぜ。牛をCOW!わはは、天然なのかインテリなのか知らねーが、俺、そういったダジャレがめっぽうツボなんだわ!」
「ああ、もう!喋ったらダメですよっ!正体がバレちゃうじゃないですかっ」
未だぼくを見て笑うファントムを必死にクリスティーヌがなだめている。横にいるくらげまで吹き出し「駄洒落だったのですね。あはは」と口元に手を当てて笑い始めた…うわ、恥ずかしい。自分でも気づいていなかった。これじゃ公開処刑じゃないか。「ああ、もう!」笑いが止まらないファントムとくらげに憎々しい目線を向けてクリスティーヌはぼくに言った。
「相変わらず腹立たしいほどの天然ジゴロですね、モリアさん」
「…あんた、俺を知ってるのか」
問いただすとクリスティーヌはマントに手を回してファントムを横目に見栄を切った。
「こうなったら……少し早いけどしょうがないですっ!脱ぎますよ、せいっ!」
クリスティーヌが先導し、ふたりがマントをステージ下に脱ぎ捨て、照明越しに彼らが仮面を外すとぼくは「あっ」と「は?」がミックスされた声が喉元から引き上がる。ぼくたちに正体を現したファントムが髪留めを解くと腰まで伸びた長い髪を傷の無い綺麗な手で横に流しながら彼は言った。
「ヨォ、久しぶりだな。穀山の2年坊。ご存じだと思うが自己紹介させてもらうぜ。俺の名は
ファントムの思いがけない中身に観客がどよめき立つ。しかし、ぼくの関心はクリスティーヌの方に向けられていた。「おい、せっかく上級生が年下に挨拶してやってんだ。こうべのひとつでも垂れたらどうだ!」天城さんの声も右から左のぼくは「ふっふっふ」と不敵に笑うクリスティーヌの正体に驚きを隠せなかった。
「田中!なんでおまえがこんなところに!?」
ファントムである己語中の天城さんとペアを組んでいたのはぼくと同じ穀山中でマネージャーとして活動に勤しんでいた田中いすずだった。どうしてこいつが?いや、てかなんであの天城さんとダブルスを組んでテーブルを挟みぼくと対峙している?驚愕の事実に混乱し、目の前の事実を受け止める事が出来なかった。
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