リユニオン

第43話

ぼくが初めてミックスダブルスを組んだのは中一の夏の初め頃。卓球の実力不足と部内での年齢序列のよる試合経験の少なさから先輩であるマツさんや初台さんからミックスダブルス大会への出場を提案された。当時ぼくは誰かと一緒にコンビを組んで卓球をするなんて考えた事もなかったし、全中大会でのレギュラー争いからの脱落、またはシングルスプレイヤーとしての不合格通知を言い渡されたみたいで当時は少し気が荒れていたのを覚えている。その要因はダブルスを組む相手にもあったのだけれども。


彼女とコンビを組んで練習を始めて2週間。目標としていた大会を数日後に控えたある日、放課後にぼくは彼女から人気のない渡り廊下に呼び出された。そしてその言葉を告げられた。


「本当にごめんなさい。ミックスダブルスの件だけど、ペアを解消させて欲しい」


この言葉はぼくにとっては不意の一撃で、体全体を揺さぶられるような衝動で意識が宙に浮くようにして離れ、頭がぐわんぐわんと周る感覚を味わったのを覚えている。まるで想いを込めた告白を断られたような失恋に似たショックが体の中を駆け巡った。彼女の言い分では、自分の拙いプレーであなたに迷惑を掛けられないだからとか、言いにくいんだけど、二次性徴が始まり体のバランスが崩れてしまった事なんかを告げられた。


元はと言えば同じ学校の男女で組んだダブルスペア。なんとなく続きはしないことは分かっていた。とはいえ貴重なレギュラー争いの練習時間を彼女に使ってしまったのが悔しくてぼくはそれ以降少し彼女に強くあたるようになった。しょうがない事だとは分かっていてもどこかで納得できない不完全な想いを今までぼくは抱えていたのかもしれない。


「……んあっ!?」


天ヶ崎ハロウィンミックスダブルス大会。二回戦が始まる前にくらげと戦術『ストリーム』についての打ち合わせをしていたテーブルの上でぼくは目を覚ました。額に掛けていた眼鏡を下ろして辺りを見渡す。確か二回戦の後、くらげは『衣装をあわせてくる』といって姿を消し、手持ち無沙汰のぼくはこのテーブルで小休止を始めたところまで覚えている。


――もしかして寝過ごしてしまったのか?慌ててスマホの液晶に目を落とすと記憶のある時間から2分しか足っていなかった。「なんだよ」と恥ずかしさと安堵の気持ちを込めて深くため息をつく。浅い眠りで少し昔の夢を見ていたようだ。ボトルのポカリを口に運ぶとよく知っている姿がぼくの方に近づいてくる。…これも夢じゃないよな?太ももを少しつまんで現実を受け入れるとぼくはその場を立ち上がり彼に向って声を挙げた。


「タク!来てくれたのか!」

「よう、モリア。試合観れたの二回戦の途中からだけどな。良い回ししてたぜ。まさかダブル・マジェスティとはな」


ぼくらは拳を突き合わせて再会を喜ぶとぼくは堪えきれずに腕を広げてタクを抱きしめようとした。「おっと、公衆の面前だぜ」微笑みながらタクはぼくの両腕を交わすとよろけた視線の先に見覚えのあるヘビ柄のトンガリ靴が飛び込んできた。


「久しぶりの親友との再会だ。オトコ同士でも相手を想う愛のカタチは決まりはない。同調圧力による感情表現の規制ほど痛ましい事はないと私は考える。日本国民もそろそろ多様性を認めなくては」


ぼくらを見て顎鬚を指で搔きながらブツブツ呟いている男は駅前の卓球道場でタクのコーチを務めるバンクーガンナ芳雄、通称ヴァンコーチ。保護者兼同伴者である彼がぼくを見て「ナイスゲームだった」とさきの試合をねぎらった。


「タクから聞かされ驚いた。相手が元女子レスリングのチャンピオンだったとはな。そしてその彼女を下すとは。タクがキミをパートナーとして認めるのも理解わかる」

「まさか俺以外の相手とあそこまでシンクロしたプレーが出来るとはな。正直嫉妬してんだぜ、へへ」


鼻を掻くタクを見てぼくは嬉しさと同時にある興味が湧いてきた。もしタク一緒に『ストリーム』が試合で出せたならぼく達は強豪ひしめく現代の中学卓球界でどこまでイケるんだろう。思っていた事は彼も同じだったようで「おい、あれ見ろよ」とゲームコーナーの入口周りに置かれた筐体を指さした。


それは実際に卓球が体験できるゲームで、野球のストラックアウトのように9分割された的がランダムに光り、備え付けのボールとラケットでショットを打ち込み得点を競うシステムになっている。「えっと、今の最高得点は980点か」タクが筐体に近づいて電光掲示板を覗き込むと駆け寄るぼくをヴァンコーチが制止した。


「モリアくん。キミは試合前だ。エキサイトする気持ちは分かるが、ここはタクにプレーさせて欲しい」

「ワンプレー200円だって。金出してくれよ芳雄」

「ヴァンコーチと呼べと言っているだろう…これも必要経費だ。仕方がない」


ヴァンコーチはガマ口財布から小銭を取り出して筐体に流し込むとタクにピン球をトスするために自前のラケットを取り出してこっちを振り向いた。


「タクも私の下で成長している。少しだがその片鱗をお見せしよう」

「おい、始まるぜ。球出しよろしく、芳雄」


ゲームの起動音が鳴ると同時に「ヴァンコーチと呼べ!」と脇から短く鋭い打球がタクの身体の脇めがけて飛び込んでくる。日々の練習として習慣付いているのだろう。タクは正面を向いたまま鋭角にラケットを振り、放たれた打球が見事に点滅した的を射抜く。「すごい!」感嘆の声が引き切る前に次の打球がヴァンコーチから放たれる。液晶の的が変わる寸前に同じ個所にタクのドライブが炸裂。いわゆる『二枚抜き』に行き交う人たちも足を止めてタクの活劇を見届ける。


「凄ぇ。球出ししてるヒゲのおっさんも早いし短パンの兄ちゃんのショットも正確だぜ」

「まさに阿吽の呼吸ね」

「もしかしてあれを制限時間の2分間やり続けるのかよ…?」

「なんだ、あの兄ちゃんのダンスみたいな細かいステップは。見てるだけで脇腹が痛くなってきた」


観衆達の感想をBGMにぼくは息をするのも忘れて相棒であるタクのプレーを見続けた。正確無比の無呼吸ドライブ。そのペースは落ちることなく次々と得点を重ねていく。これまでのタクになかったテクニカルで攻撃的な戦型。初めて体験する親友の新しい卓球を魅せられて下っ腹の辺りが熱くなる。最高得点の更新が目前に迫ったその瞬間、ヴァンコーチがヒゲまみれの下唇をパッと縦に開いた。


「しまった、タク。もう球がない」

「んなっ!?この場でいうかよ普通!あと一発真ん中に当てれば記録更新なのによ!」


慌ててその場を立ち上がり短パンに押し込めたピン球を指で探る。すると顔の横を物凄い勢いの打球が通り抜けて中央の点滅した的を射抜いてみせた。驚いて振り返るとオーバーグラスを掛けた小柄な少年がぼく達を見てグラスを顔から外した。


「また良いところでグズグズですか。決勝戦ではそうならないようにしてくださいね。モリア先輩」

「すばる!」

「このやろー!良いところで先輩の邪魔しやがって!」


タクがラケットを放り投げて最後のジャンプスマッシュを放った後輩の赤星すばるに駆け寄る。彼も観に来てくれていたのだ。地元大学生との練習の合間を縫って。ぼくもすばるに駆け寄ろうとするとその足取りを目の前に踊るようにして現れた白スーツの男に遮られた。


「すばるちゃーん、ダメじゃなーい。ジュース買うために寄ったコンビニから抜けだして大好きな先輩たちと逢引きするなんて♪」

「うわ!オカマが出たぞ!」

「やべぇ!ヤラれるぞ、逃げろ!」

「…いい加減多様性を認めろ。古い考えの日本国民め」


すばるの教育者である斑猫ハンミョウさんが現れると観衆が蜘蛛の子を散らすように消え、ヴァンコーチがどっしりと息を着いた。ハンミョウさんはぼくを見ると長い睫毛から「ウフ」とウインクを飛ばし、すばるの腕に恋人のように腕を回した。


「さ、脱走劇はもうおしまい。すぐに大学に戻ってマッチョ達と練習に励むわよ」

「こちらの個別指導も終わりだ。タク、いまから道場に戻るぞ」


お互いの指導者に別れの時間を告げられぼくは彼らに「ありがとう。絶対優勝するから」と決意を固める。「おう、モリアの初タイトル、期待してるぜ」ヴァンコーチに引きずられながらタクが親指を立てる。「最後にひとつだけ」通りに止めた外車のキーロックを外すハンミョウさんを横目にすばるは言った。


「決勝戦の相手、先輩にとって面白い試合になると思います」

「おい、それってどういう事だ」


すばるは振り返らずハンミョウさんと車に向った。みんな別の環境で卓球に励んで貴重な練習時間の合間にぼくを応援しにきてくれた。この期待に絶対に応えてやる。人垣が消え、再びひとりになるとぼくは決勝戦開始のアナウンスとパートナーのくらげの登場を待った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る