第40話

ゲーム序盤に3点をリードした『キシトモ・戸越ペア』。ぼくとくらげはここで練習してきた戦術を実戦披露する事にした。本当は決勝戦まで残した置きたかった奥の手だけれど相手が『最強系女子』となれば話は別だ。少しの隙でも見せるものなら一瞬で背後に周られて投げ技を食らわせてきそうな空気感をキシトモさんはボールを見つめる瞳から放っている。「ここで流れを変えて魅せる」そんな熱が前に立つくらげの背中から感じられた。


くらげのロングサーブ、戸越が同じように長く戻すとぼくは台からやや距離を取り、ストレートに打球を放つ。普通のダブルスのルールだとクロスリターンが基本だが、このミックスダブルス大会のルールブックにそのような記載が無かった事からぼく

達はこの戦術を思いついた。「よっと!」戸越と入れ替わりで前に出たキシトモさんがつんのめるようにしてバックハンドでリターンを返すとくらげがクロスにドライブを放ってこれが得点に。軽くハイタッチを交わすと観客達の拍手がぼく達を包んだ。


その後も長いドライブを中心に試合を組み立て相手から得点を奪っていく。「くそっ!手前で打球が変化しやがる!」卓球初心者の戸越がぼくのドライブの処理を誤り両ひざに腕を突く。ぼくが繰り出しているのは得意とする台上戦術の『マジェスティ』。ラリーの途中でドライブの回転数を微妙に変えて相手のミスを狙う戦型だ。でも『稲毛屋・本田』ペアの戦術はこれで終わりじゃない。


「って!?稲毛屋さんの方も使えるのかよ!?」


ラリー順を変えてくらげの打球に向き合った戸越が驚くのも無理はない。このお嬢様、ぼくの『マジェスティ』を完コピとまではいかないものの、ぼくと同じフォームで回転数を操る打球を駆使し、相手をどんどん台の後ろに追い詰めていく。


「いけますわ!本田さん」

「ああ、これならこっちのペースで攻撃が出来る!」


ドライブを打つとすぐに相方と入れ替わり、また同じようにドライブを放り込む。ダブルスの醍醐味であるペアの交錯プレーに観客が沸き立つとキシトモさんがクロスに手が出ずに天を仰いだ。


波状攻撃ストリーム』。ぼくとくらげはこの戦術にそう名前を付け、この大会に向けてその刃を磨いてきたのだった。


「ゲームポイント!『稲毛屋・本田』ペア、1ゲーム先取!」


審判のコールが聞こえるとぼくとくらげはラケットを合わせて互いの健闘を讃え合う。序盤にリードを許したがその後相手に追いついて突き放す事が出来た。ダブルスペア二試合目にしては良い滑り出しだ。


「いやー、ちょっとビックリさせたらイケると思ったんだけどねー。最近の中学生順応性が高いねー」


ハンドタオルで顔を拭うキシトモさんの汗と白い歯が光る。この大会一番の異分子イレギュラーである『最強系女子』岸田トモエ。勝利のカギは彼女をいかに攻略できるかに掛かっている。


「でも少しづつだけど理解わかってきたわ。卓球はレスリングのようなフルコンタクト競技とはまったく別物と考えた方がいいかも知れないわね。何度このネットを飛び越えて彼に掴みかかろうとした事か」

「…冗談でもやめてくださいよ。メダリストにタックルなんて受けたら四肢損壊じゃ済みませんから」


ジョークには聞こえない口調でギラついた目線をぼくに寄越すキシトモさんに対してぼくは気合を入れ直してテーブルの前に立つ。次のゲームも向こうのペアのサーブからスタート。戸越がボールを掴むと「姐御に秘策があるらしいぜェ」とぼく達に警告する。短いサーブをぼくがロビングで返すとその妙技は次の瞬間に生まれた。


キシトモさんが大きく息を吸い込むとふくらはぎが『倍化』し、その場から立ち幅跳びの要領で飛び上がると台の衝突スレスレまで出た体から渾身の力を込めたスマッシュを放ったのだ。くらげの横髪がとんでもない風圧で捲れると審判がクイズ番組の回答者のように素早く、力強く『キシトモ・戸越ペア』の得点ボタンを叩いた。


「シャオラっ!!」


男子と見間違うほどの筋骨隆々とした腕を出して戸越とハイタッチを交わす『怪物』を見てぼくは「まじかよ」と腰に手を当てる。「痛ェ…」と痺れた手を払う戸越をよそにスーパーウーマンさながらにキシトモさんが胸を張ってぼく達に向き直った。


――現役時代、岸田トモエが最も得意とした片足タックル。予備動作0からの超高速タックルを可能としたのはその鍛え上げられた両足とそのポテンシャルを最大に引き出す『倍化の呼吸』。その勇敢なファイトスタイルから虎(ティグレ)と恐れられた彼女が放った『虎落タイガーブレイク』。この一撃にあんぐりと口を開けていた観客のひとりが「もう、卓球じゃねぇ」と慄いた。


「この岸田トモエ、相手が中学生だろうとどんな戦いでも負ける訳にはいかない!悪いけどアナタ達には私が発案する『卓球×レスリング』の試金石になってもらうわ!」

「…いいか、浮いた球を返したら駄目だ。落ち着いてこれまで通りにプレーしよう」


強張ったままのくらげに声を掛けるとゆっくりと柔らかな表情がこちらを振り向いた。どんな超プレーが飛び出しても1点は1点だ。呑まれてはいけない。自分たちのプレーで得点を積んで勝利を勝ち取るしかない。入れ替わりで前に立ったくらげがすれ違いにふっと笑ったのを見てぼくは気持ちを再点火させた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る