第38話
「熱戦が続きます!天ヶ崎ハロウィン、卓球のミックスダブルスマッチ!一回戦が終わり、続いて二回戦に参ります!初戦を勝ち抜いた『本田・稲毛屋ペア』です!皆さん、中学生ペアに盛大な拍手を!」
司会のDJが会場の空気を盛り上げると、番組スタッフがぼく達にステージ入場の合図を出した。短い階段を飛び上がるようにして登るとぼくとくらげを温かい歓声が包み込んだ。
「一回戦、いい試合だったぞー、チキータ王子ー!」
「ヒュー!くらげちゃーん!サイコー!」
「くらげちゃん、あの容姿で中学生だってよー!」
「結婚してくれー!」
遅れて登場したくらげが柔らかな笑みを浮かべて手を顔の横でゆっくり振りながら、熱烈な声援をやり過ごしている。天ヶ崎に突如舞い降りたエンジェルは大きな人気を集め始めていて、最前席には男たちを中心とした親衛隊がかぶりつくようにしてくらげを見つめている。不特定多数の不気味な連中から一方的な想いを寄せられ、悪態のひとつでもつきたくなるところだが、くらげはそんな彼らにもエレガントに手を振って応えてくれている。そんな彼女の姿を見ているとぼくの脳裏にビートルズの『Her Majesty』という曲が流れてきた。
26秒の短い空想が終わるとぼく達は台の前に立って次の対戦相手を待った。二回戦の相手はたしか、地元の大学生カップルだったはずだ。少し試合を観たが特に苦戦する相手では無く、疲労を軽減しながら決勝戦にコマを進めたい、というのがぼくに心持だった。
「さーて、ご当地アイドルえなP☆を退けたふたりの次の相手は…え、ちょっと待って。うんうん」
司会のDJが舞台袖から現れたスタッフに耳打ちを受けるとマイクを持ち直して会場に宣言した。
「さー皆さん!ここでサプライズ!なんと特別ゲストの登場でーす!」
おおぅ、と客席がどよめくとぼくは大きくため息をついて顔を横にそむけた。地方のキーチャンネルとはいえ、この大会がTVだという事を忘れていた。ぼくはクイズ番組などで頻出する『ラスト問題は正解すると100000000点です!』といった理不尽なノリが嫌いだ。これまでの出演者の頑張りをないがしろにする企み。確かに有名人を出せば大会は盛り上がるかもしれないが、ぼくらは初戦を戦い抜いてこの場に居るのだ。その労力はどうなるのだ。ぼくがぐちぐち呟いていると隣に居るくらげの口が「あっ」と開いた。
「よォ、
「お、おまえはテニス部の戸越!このミックスダブルスの大会に何をしに来た!?」
ジャージ上下姿の学校の後輩、戸越がステージに上がってくるとぼくは驚いてミュージカルのようなセリフを吐いた事を恥じた。不敵な笑みを向ける戸越を見てぼくは改めて奴を鼻で笑い飛ばす。
「俺の活躍に嫉妬してパートナーを探してきたのかよ。執念と熱意は認めるが、俺とくらげはこの大会に照準を絞って二週間前から練習してきてるんだ。卓球素人のおまえじゃ対抗馬として役不足だ」
「あの、本田さん。大見得切っているところ、申し訳ないのだけれど」
ぼくは「あん?」と振り返るとくらげは笑みを堪えながら言った。
「役不足の意味が違いますわ」
「ぷっw国語の成績1かよ、モリセン!」
「う、うるせぇ!誤用でもみんながそう使ってたらそれがスタンダードになるんだよ!」
笑う戸越とくらげに挟まれて恥をかいていると司会がぼくに訊ねてきた。
「えー、戸越君は本田君の学校の後輩という事で。彼らは飛び入り参加だけど、キミ達の次の相手として承認してもらってもいいかな?」
「ええ、アイツは卓球未経験者で素行不良の後輩ですから。負ける気がしませんよ。大衆の面前で礼儀をしつけてやりますよ」
胸を張って答えると「オーケィ、それじゃ戸越の相方を紹介するぜ!」と司会が舞台袖に向ってカメラを向けさせた。交差したスモークが入口から勢いよく噴出されるとその中から軽装の女性が力強い歩みで姿を現した。
「よもやよもやの大物参戦!再起不能にした対戦相手は数知れず。ハロウィンナイトに魔王襲来、女子レスリング界の生ける伝説、岸田トモエだー!」
「うぉぉぉおおおおい!!?」
「まじか!芸能人のキシトモじゃーん!」
「すげー!オリンピックメダリストだ!」
「ちょ、ちょっとお前!」
真っ赤なレスリングウェアを着た編み込みヘアーの女性を横目にぼくは戸越のジャージの襟を握る。
「おまえ、マジか!?」
「ええ、マジっすよ。俺たちが目の前にしてるのはあの『地上最強系女子』岸田トモエっすよ」
――岸田巴。物心つく頃から父の教えでレスリングを始め、個人で世界大会10連覇、個人戦200連勝を記録した女子レスリングの国民的英雄。昨年現役を引退し、今はタレント業を中心に活動。その他にマイナー競技発展のため、若年層を対象とした指導者としての顔を持つ。そんな国民栄誉賞授与も噂されている超有名人がこの大会に何故現れたのか。ぼくは自分の不運を嘆くしかなかった。
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