最強女子のつくりかた

第37話

意外な難敵、『えなP・梅崎Pペア』を下し、一回戦突破を果たしたぼく達『本田・稲毛屋ペア』。くらげと一緒に特設ブースを後にするとぼく達を見覚えのある少年が出迎えた。


「お姫ー、試合見てたさー!まさか俺っちの技で決めちまうなんて。カッコよかったさー」


くらげに抱きつきそうな勢いでやってきたガッツの前に立って両手をハイタッチで塞いでやる。


「おおぅ、モリアさん!お姫の繋ぎ、お見事だったさー!この後もその調子でお願いするさー」

「繋ぎ、じゃない。くらげの引き立て役に収まるつもりはないさ。次はもっと面白い卓球を見せてやる」


ピン球を交わして真剣勝負を行った『兄弟』に意気込みを告げるが、ガッツは目を輝かせながら想い人であるくらげの健闘を讃えている。人の話を聞かない奴め。タオルで顔の汗を拭っていると一人の男がぼくに歩み寄ってきた。


「ナイスゲームです。本田くん。キミを稲毛屋さんのパートナーに進言したのは正解でした」


度の強い眼鏡をすちゃり、と指で押し上げた小柄な男子を見てぼくは「どうも」と軽く頭を下げる。彼はくせっ毛の毛束を手でなおしながら「おやおや」とぼくの顔を見上げた。


「キミとボクは初対面ではないはずです。今年の春、穀山中卓球部は我が港内中卓球部と練習試合を行った時」

「…ああ、港内中の部員か。ラリー練に付き合ってもらったんだっけ?」


ぼくが訊ねると彼はまた眼鏡を押し上げて言った。


「その通りです。自己紹介が遅れました。ボクの名は父母ヶ浜達彦ふぼがはまたつひこ。港内中卓球部2年。主にダブルスを担当しています。今年はレギュラーを勝ち取る事が出来ませんでしたが来年は誰の目から見ても明らかな実力でダブルス、いやシングルスの座を奪い取る所存で日々の練習に取り組んでいます」


真面目だが強気な彼の意気込みを聞いてぼくは「ほう」と意識を引き締める。父母ヶ浜くんは自分の話に熱が入ってしまったことが恥ずかしかったのか、咳ばらいをして、目線を後輩のガッツに移した。


「本田くん、キミには感謝しています。ガッツはキミに勤体で敗れるまで学校の練習をサボタージュしていた。彼への処罰が体育教師のゲンコツ一発で済んだのは彼が初めて見せる卓球への情熱が理由でした。ガッツがボクの計算通り成長すれば来年は念願の団体戦地区予選突破が大いに期待できる」

「そうか、その時は敵同士だな。お互い頑張ろう」

「『チキータ王子』、本田モリアくん。キミにライバルとして認識してもらえて光栄です。…おい、ガッツ、いつまで稲毛屋さんに付きまとっている!学校の練習に戻るぞ!」

「ええ~?俺っち、お姫の決勝まで見ていくさー。ついでに表彰式でメダルを掛ける役にも立候補して、観客たちの前で永遠の愛を誓…あででっ!」


妄言を繰り返す後輩、ガッツの耳を掴むと父母ヶ浜くんはぼくとくらげに向って「それではボクたちはこれで。ご武運を」と親指を立ててガッツを連れてその場を後にした。ぼくはくらげに歩み寄ると「それにしても」とさっきの試合を振り返った。


「最後の一球、チキータだったよな?いつの間に使えるようになったんだ?教えたつもりは無かったはずだけど」


くらげはぼくの問いに気品を持った態度で不敵に微笑んで見せる。


「身長、体重、血液型に戦型。パートナーの研究位、済ませておくのは当たり前の事ですわ。それに毎日隣で素振りを見ていたら嫌でもあの技術は頭に入りましてよ」


さすがお嬢様。ぼくの知らない所で独自にぼくやガッツの技の練習をしていたに違いない。今後の成長が末恐ろしい。ぼくは首の後ろに手を置くとくらげにひとつ注文を付けた。


「チキータを使えるんなら言ってくれてもいいじゃないか。そっちに合わせて戦術を組んでいるんだから」

「敵を欺くにはまず、味方からですわ。それに関しては御免なさい。でも、私がお魅せできる技術は以上になりましてよ。これ以降のページはふたりで書き記していくしかありませんことね」


くらげがぼくに告げると「これ、お嬢ちゃん」としわがれた声がぼく達に届いた。振り向くとキラキラとした飾りを髪に取り付けた老婆がくらげを手招いていた。ぼくにはその緑に染めた髪がクリスマスツリーに見えた。くらげはその人の顔を見るとハッと気づいたようにぼくに近づいてウェアの袖を握った。


「どうしましょう。あの貴婦人、地元で『卓球老婆』として名を馳せている所沢キミ子さんですわ」

「えっ、そうなのか!?よく見ればそんな気がしてきたな」


――所沢キミ子。10歳で卓球を始め、プロ経験はないものの、様々な大会に数十年という長期にわたって出場を続ける天ヶ崎が生んだ日本卓球史の生き字引である。華やかな試合コスチュームや独自の感性が光るヘアアレンジは話題を集め、その実力も伴ってこの大会のダークホースとも大本命ともみなされている。


「じいさん、球くれ、ピン球」

「あいよ」


キミコさんはゆっくりと椅子から立ち上がるとパートナーの老人がテーブル越しにピン球を投げて寄越した。キミコさんは枝のように細い手で掴んだペンホルダーを横に払うとピン球が大きく弧を描いてくらげのエクステを直撃した。


「んな!?何をするんですかっ!?」


慌てて狙撃されたくらげの肩に手を置くと地面に外れたエクステと羽の散った大きな蛾の姿があった。目の前で事切れた蛾にくらげが「ひっ」と飛びのくとキミコさんはケタケタを大きく口を開けてその様子を笑っていた。


「いやいや、すまないねぇ。そのお姉ちゃんの頭に悪い虫が止まっていてねぇ。触れるのもなんだか汚らわしいだろう?だからあたしが得意のショットで撃ち落としてやったんだ。似合いのエクステ、駄目にしちまったこと、謝るよ」

「い、いえ。こちらこそありがとうございました」


くらげは平静を保つとその場を立ち上がってキミコさんに礼を言った。


「この町の伝説的人物、所沢様に関係性を持っていただき、光栄ですわ。対戦する際にはどうか今のような打球が私達に向って来ないことをお祈りしますわ」

「ま、あたしと闘れるかどうかは、連れのじいさん次第だけどね。それじゃそろそろ試合の時間だ。気張っていこうか」


キミコさんは歩き出すとぼく達に背を向けてこう言った。


「決勝で会いましょうぞ」

「…かっけぇ」


思わず口唇から感想が漏れていた。世の中には性別、年齢にかかわらずひたむきに卓球に向き合っている人物がいつの時代も存在しているのだ。ぼくたちもレジェンドに負けないよう、次の試合の準備をしなければ。ぼくとくらげは今までキミコさんたちが座っていたテーブルで時間まで戦術確認を繰り返した。


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