第35話

「ちょっと、実力差ありすぎじゃないですか。勘弁してくださいよ梅崎さん」


ゲームまたぎのCMの途中、番組のスタッフさんが梅崎さんに耳打ちをした。職業柄、声が大きくて遮った手はほとんど意味を持たず、会話がぼくたちに筒抜けになっていた。


「卓球経験あるからえなP☆のパートナーに選んだのに、このままだと汚いただの中年オヤジじゃないですか。これだったらウチのアイドルねじ込んだ方がまだ画面映えしましたよ」

「お、おまえ。この場において言いたいことをズケズケと…いいだろう。卓球経験者の実力差を魅せてやろう。ヤバ過ぎて企画倒れになっても知らんからな!」

「ハイ、そろそろCM開けまーす…3、2、1…キュウ!」


ホーンのSEが響き2ゲーム目がスタート。このゲームも梅崎さんのサーブから。梅崎さんはピン球を握ると「本気を出させてもらう」と告げ、短くボールを放り投げた。瞬時に手首を返して角ペンのラケットの裏を捲るとその場からダン、と一歩踏み出し、ボールを押し出す形のプッシュサーブを放った。これにはぼくも虚をつかまれた形になり、処理をミス。2ゲーム続けて『えなP☆梅崎P』が先制点をゲットした。


「フフ、驚いたかい?モリアくん」


ネットに絡んだボールを掴み上げると梅崎さんが自慢げに笑みを浮かべて言った。


「ボクは中学卒業まで卓球部に所属していた。今から20年以上前の話だが、今でもその部活動の夢を見る事がある…21点先取1ゲームの真剣勝負。今より二回り以上小さいオレンジボールの打ち合い。競技レベルは今より高かったといって間違いないだろう。『松二の紅い豚』と呼ばれたボクがキミ達、若人わこうどに卓球と社会の厳しさを教えてやろう」

「梅崎さん、松屋二中の出身だったんですか…」


ぼくは夏の団体戦、一回戦で戦った松屋二中の部員たちを思い出した。例年一回戦敗退の弱小校だったがみんな闘志を前面に押し出した気持ちの良い少年団だった。


「梅ちゃんなにその急なキャラ付け。みんなから豚呼ばわりされてんじゃん」

「茶々を入れるな、えなP☆!当時は豚が主役の映画が流行ってたんだ!」

「『紅い豚』って(笑)イビリで血に染まってんじゃんねー?」

「やめろ!当時の先輩からの『かわいがり』がフラッシュバックする!」


梅崎さんとえなP☆のやりとりを見てくらげがため息をつくと「隙あり!」とえなP☆がサーブを打ち込んできた。大人は卑怯である。前に出たぼくとくらげがお見合いする形になり、ミドルに飛んだボールはどちらも触れず相手の得点に。ハッと申し訳なさそうな顔をしたくらげに「ドンマイ!気にすんな!」と短く声を掛ける。


「いいよー、2人ともー。大人の汚い部分、出まくってるよー」

「子供相手に2点あったらセーフティっしょー」

「なんとか尺足りそうで助かりましたよー経験者ー」


番組スタッフから梅崎さんへの応援とも冷やかしとも取れる声が届く。それを受けてひきつった笑みを返す梅崎さんは中学時代のいじられキャラに戻ってしまっているようだった。ぼくはその中学生の魂に語り掛ける。


「卓球が本当に好きで、上手かったんですね。だったらなんで中学で卓球を辞めたんですか」

「…そんなの、決まってるじゃないか。わざわざ言わせないでくれよ」

「理由はなんなんです?教えてくださいよ」

「モテたかったからさっ!!」


梅崎さんの突然の告発にステージの空気がピタっと凍り付く。


「高校生にもなってそんな短パンを穿いて細かく飛び回るなんてカッコ悪いじゃないか。当時は今と違って『卓球をやってる奴=根暗』のイメージが深く根付いていたんだ。当時のボクは女子高生と付き合いたくて必死だった。朝起きてから眠るまで制服の女の子とまぐわることだけを考えていた。そんなボクが卓球を続ける理由なんてないじゃないか!」

「きっしょ…」

「素直にキモイですわ…」


激白にドン引きする女性陣を尻目にぼくは梅崎さんの高校生の魂に語り掛ける。


「それで…?その努力の結果、彼女は出来たんですか?」

「…わざわざ言わせないでくれよ。この見た目で答え合わせは済んでるじゃないか」

「でも、短パン穿いてるけど坊や、カッコ悪くなくね?一生懸命だし」


えなP☆がフォローを入れると梅崎さんは煙草を吹かすような仕草をして黄昏たように言った。


「それは彼が若さと『チキータ王子』というステータスを持っているからさ。それを失ったルートが目の前にいるボクさ。モリアくん、キミもいずれこの沼の存在に気づくだろう。人は少しずつ汚れながら大人になっていく。キミ達には少し早いかもしれないが『大人の世界』を見せてあげるよ」

「もううんざりですわ。本田さん、早くこの『紅い豚』を葬ってくださいまし」


くらげが梅崎さんに辟易し始めている。彼の言っていることは滅茶苦茶だが、同じ卓球を続けているプレーヤーとして気づいた点があった。


彼はまだ戦ってるんだ。夢の中で、中学生の『松二の紅い豚』として。


試合を再開させ、サーブを相手のコート深くまで突き刺す。角ペン使いの梅崎さんがツッツキでこれ返す。くらげがロビングでぼくの前に出る時間を作るとえなP☆がミドルにリターン。それをぼくがチキータでフォア隅に流す。電光石火の一撃に白け切っていた観客の熱が再点火する。


「あっ!あの坊や、アイドルえなP☆相手に全力じゃーん!空気読めよ☆将来絶対温泉卓球で本気出す大人になるタイプだわー」

「えなP☆、違うんだ。今のは俺のボールだ」


ふてくされるダブルスパートナーを『紅い豚』が鎮める。彼はぼくと目を合わせると「ありがとう、真剣勝負をしてくれて」と礼を言った。


その後もぼくは絶滅危惧種の角ペン使いに公式戦で使っている強ドライブを打ち込み、運動不足の三段腹を左右に揺さぶり、相手の入れ替わりの隙を突いて最高速のチキータをねじ込んだ。


「くそ、これが『若さ』か…!」


どこかで聞いたようなアニメのセリフを呟きながら梅崎さんが台に手を付いた。得点したくらげと軽くラケットを合わせるとぼくはデジタル表記の得点板に目をやった。勝利まであと2点。初戦、相手が色モノということもあって手間取ったがこの勝負にもカタが付きそうだ。そう思っていたその時だった。


「え、えなP☆!何をっ!?ぐふっ!」


カメラの死角に潜り込み、えなP☆、梅崎さんへ無言の腹パン。「中学時代のボクがどうだとか、ションベン臭いことをベラベラと」襟首をつかんでステージの後方に体ごとブン投げると冷たい瞳でその成人女性は言った。


「大方、現役の卓球部とプレーして中学ん時の自分を思い出したんだろ?どうせパッとしない学生時代だったんだろうが。どうだい?悪夢は見れたかよ?おっさん」


ステージを一気に包み込む邪悪なオーラ。それを感じ取ってぼくとくらげは再び集中のスイッチを入れ直す。


「おい、まだ終わりじゃねーぞ。ひよっこ共。まだ試合は1回の表だ。ボール持ったらあたしに繋げ、おっさん」

「はっ、はい!かしこまりましたァ!」

「あの方、キレ過ぎて色々な球技がない混ぜになってますわ」

「警戒しろくらげ。まだ試合は決まっていない」


ドスの利いた声で威圧しながら台の前に出たえなP☆。試合は終盤戦に突入していく。



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