第34話

ミックスダブルス大会一回戦、ぼく達『本田・稲毛屋ペア』は卓球台がひとつ置かれた体育館のステージほどの大きさの特設ブースに入ると、地方キーチャンネルのCMが開けるまで台から少し離れ、呼吸を整えて精神を集中させていた。対戦相手の『えなP☆・梅崎うめさきプロデューサーPペア』の片割れ、えなP☆が集まった観客達に愛想を振りまいている。


「みんなー、えなP☆だよー♪今日は色々イベントのある中、このステージを選んでくれてありがとーう!えなP☆、卓球で圧勝してみんなのエナジー、フル回復しちゃうからね!応援よろしくぅ!」

「…大変なんだな、アイドルの仕事も」


えなP☆の営業スマイルを横目に柔軟がてら肩を回して台に着くと、くらげもつま先でトントンと弾むように隣で短いステップを踏んだ。ディレクターが指を折ってぼくらにCM開けを知らせている。


「それじゃー、えなP☆今から対戦相手ホフってくるね♪それと試合中の声掛け&撮影はNGだぞ☆」

「えなP☆、そろそろ始まるから準備して」

「もー、梅ちゃんうるさーい♪……おし、じゃあ始めんぞひよっこ共」


ドスの利いたえなP☆の声がホーンのSEにかき消されると、梅崎さんのサーブで試合が始まった。ここでミックスダブルスのルールを説明する。



基本的にルールは普通のダブルスとほとんど同じ。一球毎に男女入れ替わりで打ち合い、11点先取で2ゲーム取った時点で勝利ペアが決定する。ただこの大会独自のいわゆるローカルルールが3つ存在する。


➀ 男がサーブするときは基本的に男がリターンを担当する。サーブは男女どちらが打っても制限は無く(男がずっと打ち続けていても可)男女のパワー差を埋めるために、あるいは一方的な展開になるのを避けるため、このルールが取り入れられている。


具体的に言えばラリー順はこのような形になる。


サーブを始点として 男→男→女→女→男...以下ラリーが続く度にこれを繰り返す。


② 男→女が3球以上続く場合は試合中でも男がリターン入っても可


人とピン球の入れ替わりの激しいゲーム上、男が女相手に強打を打ち込み続けるケースが過去大会にて散見されたため、このようなケースにおいては各自の判断で上記のルールを取り入れても可。必然的に男が2球続けて打つ形になるため、入れ替わりのリズムが崩れる場合があるので自己責任で。


③ 審判の裁量


言うまでもなく審判の判定は絶対である。異議を唱える、反スポーツマンシップがみられるとイエローカード、イエロー二枚でレッドカードが提示され、そのペアの敗北。サッカーのルールをイメージしてもらうとわかりやすい。その他にも試合の盛り上がりを見てサプライズ演出が取られるケースもある。


以上がこの大会のルールになります。良識のあるプレーを心がけて楽しみましょう。



「ほっ」梅崎さんが頬の肉を揺らしながら短いサーブをコートに打ち込んでくる。ぼくがダンと右足で床を踏みしめるとチキータを期待する観客の熱を感じる。その意思に反してツッツキでミドルに戻すと、えなP☆が「とりゃ!」とテーブルの奥に体を伸ばし、つま先立ちで叩くようにしてリターン。くらげがこの打球をネットに引っ掛けて失点。これを見てえなP☆と梅崎さんが「いぇーい☆」とハイタッチ。先制点は向こうがゲット。拍手が沸く中、ぼくはパートナーのくらげに声を掛ける。


「まずは繋ぐ事を意識しよう。相手は素人だ。ラリーが続けば勝手にミスをしてくれる」

「わかりましたわ」


緊張を紛らわすように手の中でラケットのグリップを回すくらげの腰に軽く手を当てる。くらげがこの空気に慣れるまではぼくがなんとかするしかない。


次の梅崎さんのサーブ。打ち頃に飛んできたボールにぼくは軸足に力を込めてこの打球を体の正面で捉えようとすると「えなP☆、チキータだ!」と梅崎さんの声が飛ぶ。


「うぇ?なにそれ?ヤバイの!?」


入れ替わりで前に出たえなP☆の混乱と強打を警戒した体の強張りを見逃さず、ぼくはチキータをキャンセル。体の力を抜き、ラケットで払うようにしてぽーんとボールを飛ばすと「あ”あ”ッ!!」と汚い声を出すえなP☆の腕をすり抜けてぼくらの得点に。玄人好みの頭脳プレーにどよめきの声が沸いた。


「あぁ~ん、あの坊や、カマかけてきた~。男だったら正々堂々勝負しろっての☆みんなは正義の味方、えなP☆を応援してくれるよね?」


観客を味方につけようとした悪の敵役かたきやく、えなP☆だったが卓球に夢中になりだした観客達に成人女性(30手前)の声は届かず、「ねぇ?…な?…おい聞けよおまえら」とえなP☆の声がステージに空しく響いた。なんにせよ、これが初得点。くらげとハイタッチを交わすと手の冷たさは和らいでいた。よし、これなら大丈夫だ。


その後も素人丸出しのえなP☆を集中的に狙い、着実に得点を伸ばしていくぼく達『本田・稲毛屋ペア』。最初は一丁前に悔しがっていたえなP☆だったがゲームの後半はネタに走るようになり、梅崎さんと山の手線ゲームを始めたり、ライン際のボールに飛びつくフリをしてステージ下にダイブをかましたりとやりたい放題だった(スタッフが緩衝になってくれなければ危なかった)。


そんな経緯もあり、1ゲーム目はぼくたちがゲット。「いやー、さすが現役。チキータ王子はモノが違うな~」とTシャツの両脇を湿らせた梅崎さんがぼくを見て言った。ぼくは適当に受け流しつつも気に掛かることがあった。


梅崎さんが『角ペン』を使ってプレーしている事。普通、卓球の素人であればえなP☆のようにシェイクハンドのラケットを選択するはずだ。テレビ映えを狙っているのだろうか?この中年が?考え込んでいると「もう、次のゲームが始まりますわよ」とくらげの声で前を向く。ただの思い過ごしだといいが。ぼくたちはCM開けを告げるディレクターの指示を待った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る