第31話

ガッツが1点を返して息を吹き返すと次も彼のサーブ。巻き打ちサーブに似た球種がコートに飛んでくる。3球目攻撃を警戒してショートに返すべきか?いや、さっきの謎の強打が気に掛かる。あの正体を確かめなくては。ぼくは意図して相手のフォアにチャンスボールを放り込んだ。さあ、さっきの一打を見せてみろ。ミドルで構えるガッツは真っすぐ立った状態からゆっくりと体を傾け、弾んできたピン球にラケットの表を合わせた。すると時空が歪んだようにぼくの体の横にピン球が現れた。


「んなっ!?」

「得点!10-2!タツオミの得点!」

「ぅっさー!連続得点ー!8点差なんてなんくるないさー!」


両手を上げて喜ぶガッツを尻目にぼくは審判係の茸村先生に尋ねた。


「今のガッツのプレイは何なんですか?」

「禁則事項です☆」

「ふざけないでください。ペロっと舌を出しても可愛くないんですよ」


ぼくはこの中年に声を掛けた事を後悔して今のプレーを振り返る。ラケットの振り、腰のキレ。特段、強打を打つようなフォームではなかったはずだ。それなのにあの速度のピン球がすり抜けた事に気づかなかったなんて。


サーブ権がぼくに移り変わり、答えが出ないまま再開。もしかして瞬きのタイミングと被っただけかもしれない。ラリーを続けているとガッツがまたあの姿勢を取った。モデル立ちのような体の中心に真っすぐ線を引いた状態から次第に体を傾けて、打つ。するとフォアの体のすぐ横をピン球がすり抜けていく…続けてニアサイドを破られるのは屈辱的だ。舌打ちを浮かべながらピン球を拾いに走る。


「へっへー!今ので7点差さー!そろそろ余裕が無くなってきたんじゃない?モリアさんよー」


ガッツの挑発に付き合わず、ぼくはサーブの体制を取る。すぐに答えを出す必要はない。あの技を出すにはある程度の時間的余裕が必要になる。だったら答えはひとつしかないだろう。


「いやー、せっかちだねー本田くん」


フォアに鋭いドライブを続けざまに放つぼくのプレーを見て審判の茸村先生が感心と呆れがミックスされた口調で言った。このラリースピードではゆっくりと体を傾ける事が出来ない。そして…


ぼくはフォアにリターンされたボールにこれまでと同じフォームでラケットを合わせる動きを取った。しかし、ここで強打をキャンセル。瞬時に手首を曲げ、はたくようにラケットの裏を擦り合わせ、狙いすましたコントロールショットを相手のバックに刺す。さすがに大人がなかったか。短く息を吐くとなんとその瞬間に体ごと移動したようにガッツがこの打球に追いついてリターン。これには動揺が隠せず、ネットに引っかけると点差は6に縮まった。


「なんなんだ、この感覚。まるで空間を削られているような、瞬間移動的な体の反応は…」


ぼくがうなだれると「ははっ、そのリアクションが欲しかったさー」とガッツが歯を見せて笑う。まるで漫画の世界の異能力者と卓球をしているような、言葉では現わせない感覚が体にまとわりつく。顔を上げるとぼくは気分よく喜んでいるガッツに尋ねた。


「その技、もしかして『ウドンデ』か…?」


ぼくの問いを受けるとガッツは数秒固まった後、茸村先生と顔を見合わせ、その後腹を抱えるように大笑いをし始めた。空の体育館にふたりの馬鹿笑いが響いていく。


「はっはっは!モリアさん、そりゃ漫画の読みすぎさー!そんな地上最強の能力があったら俺っち、とっくに卓球チャンピョンさー。ま、それに近い事やってるけど」

「琉球古武術ですね?」


茸村先生を振り返るとしまった、という態度で彼は顔をしかめた。ぼくは『話すまで試合を再開しない』という意思でピン球を短パンに詰めると茸村先生は苦々しい口調でぼくに聞いた。


「カマをかけてたのかよ。ほんっと抜け目のない14歳だこと。えー、本田モリアくん。キミが公式戦でウチの港内中部員の中で戦いたい相手はショージひとりで間違いないんだね?」


ぼくはうなづくと彼は話をつづけた。


「ここでの会話を他人に公言しないと誓えるね?」


再びぼくはうなづく。すると茸村先生は真相をぼくに告げた。


「キミの察しの通り、タツオミの親は琉球古武術の師範代だ。中学進学で親元を離れたが小学卒業まで親の道場で古武術を学んでいたんだと」


――琉球古武術。古来より日本最強の護身術として知られ、映画や漫画といった創作物フィクションのみならず、実際の球技スポーツにも取り入れられる事の多い沖縄独自の超絶技巧。しかし習得には永きの鍛錬が必要となるため、途中で断念するケースが多いという話を聞いた。肉親が古武術の師範だったガッツならその技術を卓球に活かせてもおかしくはない。これまでの謎が少しづつ解けてきた。


「タケカン、ネタばらしはそこまでにしておくさ。モリアさん、もういいでしょ?ゲームを再開して」


ガッツに急かされてぼくは短パンからピン球を取り出す。「ま、頭でわかっていても体がついてこないと思うけどね」軽い挑発を受けながら横回転サーブを打ち込む。彼の指摘は当たり、彼の自然体の構えから続けざまに失点を重ねてしまう。セーフティリードが無くなるにつれ、焦りと不安が脳の酸素を奪っていく。どうすればいい?膝に手を置いて呼吸を整えていると得点板の横で椅子に腰かけた茸村先生がぼくに訊ねた。


「本田くん、キミはどうしてこの体育館に居る?」

「…急に哲学的なこと、言い出さないでくださいよ」


彼をいなした数秒後、ハッと脳裏に雷鳴が轟いた。そうだ。ぼくがこの勤体に招待された訳、そしてこのガッツと戦っている意味と理由。それに気が付くと茸村先生はぼくを見てニッと口を横にして笑った。逆襲開始だ。ぼくはラケットを裏返して相手のサーブを待った。





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