第11話

「もしこの試合で賭けが行われていて、オッズを決めるとしたら」


ベスト4という名の戦場へ向かうすばるの背中を見送ると、里奈がひとつの例え話を出した。ぼくは真剣味に欠けると咎めようとしたがその前に里奈が続けた。


「双峰の川崎は1.1倍ですばるは100倍超えでしょうね」「うわ、それ賭けとして成立しないよ小松ちゃん」


田中が里奈を茶化すと「私だってこんな事は言いたくないんだけどね」とよくわからない発言を続ける。「すばるはここまで頑張ったよ。でも次の相手は本物。よほどのトラブルがない限り勝ち筋は薄いと思う」

「じゃあ、俺はすばるが勝つほうに賭けてやる!」

「モリアさん!本気ですかっ!?」

「ああ、賭けっていうのは双方、賭ける人間が居ないと成立しないじゃないか。だからそんなタラレバの話は止めだ。みんなですばるを応援しよう」

「ったく、モリアはそんなだからモテないのよ。こっちだってふざけてるワケじゃなくて不安なの。ほら、すばるが入ってくる」


双峰中側の応援席が盛り上がると体育館の入り口にすばるの姿を捉えた。『穀山中の軽業師』の異名をとるすばるの技は双峰中最強と噂される守備のスペシャリスト川崎ヨシムネにどこまで通じるか。さぁ、丁半張ったの大勝負。ふたりは握手を交わすと審判からボールを受け取って軽いラリー練習を繰り返した。時間いっぱい、準決勝第一試合がはじまる。


序盤は落ち着いた立ち上がり。ヨシムネはぼくと対戦した時と同じようにフリックを多用した守備的な戦型。名門双峰中のエースということもあり、こういう舞台に慣れているのか、憎らしいほど落ち着いている。試合が動いたのは共に2点ずつ取り合った次のラリーだった。フォアに長いリターンが返るとすばるはこの打球に思い切り横回転を付与、ネットの支柱であるポールの横を通そうと試みた。これにはヨシムネも一瞬慌てて前につんのめったがボールは無情にもポールに弾かれて相手の得点。これには会場も息をのんだ。


「すばるの必殺技のひとつ、『ブーメラン』だ」

「団体戦決勝戦でみせたポール回し、ね」


観客席で試合を見届けるぼくと隣に座る里奈は今のすばるの打球をみて、さきの大会を振り返る。あえて成功率の低いインパクトのある大技を序盤に見せ球として使った事で相手に後ろで守備をさせないぞ、という意思を感じさせるボール。しかしこれは相手も織り込み済みだったようで、次のラリーでヨシムネはネットの前に出てツッツキで打球を処理する戦い方に変更した。これはぼくの相棒であるタクが得意とする攻防一体の戦型。相手の脇を突こうとすばるも独自のツッツキ戦法『スピア』で対応するが、ミラーゲームでは上級生に分があった。2点の得点差を守ったまま、堅実に川崎ヨシムネがこのゲームをゲットした。


「ああもう、相手に順当に最初のゲームを取られてるじゃないですかっ!このままだとすばるくん、雀刺しにされちゃいますよっ!モリアさん、なにかいい手はないんですかっ!?」


後ろの席で体を揺らしてくる田中に耐えながらぼくはヨシムネの所作を見つめる。ぼくと闘った時と比べて何か違う点はないか…顔を袖で拭う回数が増えているような気がする。でもそれはすばるも同じだ。暑さのピークが過ぎたとはいえ、換気のきかない体育館で今日既に5試合をこなしているのだから。


「すばる!足使っていけ!相手は動きが止まっているぞ!」


コートチェンジの際に応援の合間を縫ってアドバイスを叫んでみる。最初に反応したのは敵のヨシムネで『俺の足が止まっているだと?見当違いを抜かすな』という顔でこっちを睨んでくる。卓球というスポーツは完全なる個人完結競技。それはゲームが始まってしまうと終わりまで誰にも頼ることができないという事を意味している。それだけに応援や野次というのは競技者を惑わせる要因のひとつとして挙げられており、ぼくは後輩を励ますために根拠のない野次を飛ばした事を少し後悔した。


サーブ権を得たすばるが試合を急かすようにテーブル上でピン球を弾ませている。あいつには何か策があるはずだ。思い込みに似た願いをこめて第2ゲーム開始を見届ける。リターンからの三球目。まだこのゲームに入りきれていない段階で驚きの打球が飛び出した。


フォアにリターンされた打球にすばるが飛びついてネット直前を飛び越える急角度のついたドライブを返したのだ。これにはヨシムネも一歩も動けず、体育館の後ろを転がるピン球を苦々しい顔でつめる他なかった。


「あの打球は!?」


プレイ中に思わず立ち上がって叫んだことを反省し、席についていまのすばるのプレーを振り返る。


——この大会の少し前、ぼくとすばるは部活の帰りにバスの中で全英テニスの話をしていた。ときのチャンピオンであるロジャー・フェデラーが自分のネットプレイに『セイバー』という名前を付けているということ。守備を固める相手に対してチャンスとみるや、後方から飛び出して角度のないハーフボレイを放つ。ボクたちもいつかああいう打球が打てるといいですよね。弾む口調でそう語っていたすばるの新技『聖剣』のお披露目はこんなに早く巡ってきた。ぼくは感極まって少し泣きそうになった。


「いいぞー!穀山中の1年ー!」

「まだ1ゲーム取られただけだー!こっから逆転できるぞー!」


会場の空気も自然とすばるを応援してくれている雰囲気が出来上がった。端正なルックスもそうだが、『クールキャラなんだけど熱いハートを持っている』というすばるのキャラクターはどこか応援したくなるような人徳が備わっているような気がする。なにより会場のみんなが見たいのはこのルーキーが優勝候補である強者を打ち破る瞬間、いわゆる 大物喰ジャイアントキリングだろう。


「いける、いけるぞすばる」


ゲームが再開されテーブルをピン球が飛び跳ねる。ぼくは観客席の一角で手を組んで後輩の熱戦を見届けていた。

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