第10話

熱戦はさらに続き、舞台は準々決勝。ぼくは負け審として己語中のエース、リ・コフィンVS快進撃を続ける新顔、白雪中の日向との一戦をさばいていた。学年が上なこともあって誰もがリ・コフィン優勢と思われたが、日向の狙いすました見事なライジングショットがコートを横切るたびに体育館に二台まで減らされた卓球台にどよめきと歓声が沸き上がる。ぼくが得点板をめくるとリ・コフィンはそばかすの多い真っ赤な顔をウェアをめくって汗を拭った。


試合展開はカウント2-1。一年生の日向がリ・コフィン相手に1ゲーム、リードを奪っている。前陣速攻型同士の戦いという事もあって序盤は点の取り合いになったが、試合が落ち着いてくるとラリーが続くようになってきた。ゲームが再開し、リ・コフィンが痛烈な三球目攻撃を叩き込むと日向がそれを台の下からラケットを出してピン球を救い上げるようにしてリターン。しかしこの打球が浮いたため、リ・コフィンは打球から目を切って台の横に逸れるピン球を見て拳を握り締める。自然と動きが少なくなってきたのは連戦からの疲労か、それとも相手を油断させるための演技か。日向はそんな読み合いに付き合わず、自分のリズムでドライブを打ち込んでくる。カウンタードライブがネットの吸い込まれるとリ・コフィンは「什么!」と母国語で天井に向かって吠えた。日向の得点。スコアは9-8になり、リ・コフィンにとっては厳しい展開。フシュー、と長く息を吐きだすと中国出身のその選手は切れ長の細い目で裏返したラケットのラバーに目を落とした。戦型を変えるつもりだ。そしてぼくのその予想はあたった。


「デュース!11-11!己語中の得点!」


ネット際の打球を捌けなかった日向が悔しがり、得点したリ・コフィンが余裕を保つようにラケットで顔を仰ぐ。追い込まれてからリ・コフィンは戦型を前陣速攻からカットマンスタイルに変えた。さきの地方大会団体戦でリ・コフィンはぼくたち穀山中の日野あたるに敗れている。あたるの蛇のように食らいつくカットプレイを体感して彼の中で心情の変化があったのかもしれない。


「審判、オレのサーブ!次は絶対に決めてやる!」


日向はそう意気込むと勢いよくストレート回転のサーブをリ・コフィンのコートに打ち込んだ。バウンドの長い打球をラケットを斜めにして切り出すと『いつでもどうぞ』というスタンスでリコフィンが日向の3球目に備える。日向は舌なめずりをしてみずみずしい果実に食らいつく小動物のようにその打球にラケットのラバーをこすりつける、と思われた。


「何ィ!?」


ドライブで伸びてくると思われたその打球はネットを超えたあたりで回転を失ってその場にすとん、と落ちて二度跳ねた。これは日向のトリックプレー。ライジングドライブの構えだけ取って手首の回転だけで打球を返す。『ネコパンチ』と呼ばれる初心者にありがちなミスショットなのだが、日向はこの局面で狙ってこれを武器として繰り出した。とても一年生とは思えない強心臓っぷり。逆にリ・コフィンはこのプレーに動揺したのか、次のラリーでなんでもない打球をネットに引っ掛けた。得点差が2点に開き、勝負は決した。


「ゲームウォンバイ!白雪中、日向由太郎!カウント3-1!」


ぼくのうわずったコールが体育館に響くと観客席の一角からワッと歓声が沸いた。日向はその声の方にラケットを持った手を振って応えている。リコピンはうつむいて一度だけ「応ッ!」と吠えたあと、前髪をかき上げて足早にブースを後にした。


「それにしても…よくあそこでネコパンチを出せたな。リコピンが前で構えてたらスマッシュでそっちが負けてたぞ」


いまだ同じ学校の部員たちに手を振っている日向に退席を急かすように声を掛けると日向は目を輝かせてこっちを振り返った。


「ありがとうございまっす!モリアさんの審判すごいやり易かったっす!いやー、モリ審の勝率まじで高すぎ。オレにとってあんたは勝利の女神っすよ!」

「モリ審って、おまえ…」

「それにあの技はネコパンじゃなくて『ノンライジングドライブ』っす!試合を決定づける昇らぬ太陽…明日の地方新聞の一面はこれで決まりでしょ!…ちょっと中二くさかったっすか?」


矢継ぎ早に言葉を吐き出す日向にあきれてぼくは体育館を後にする。そしてもう一試合、同時刻に行われていたことを思い出してぼくは観客席へ繋がる階段を駆け上がる。



「すばるの試合はどうだった?もう終わったんだよな!?」


手前の席に居た里奈に尋ねると、里奈はゆっくりとこっちを振り返りぼくの顔を見上げてほくそ笑んだ。


「一石二鳥、五臓六腑、七転八起の八面六臂よ」

「意味がわからない。勝ったんだよな?なぁ、すばる!」


奥の方の席でタオルを被ったすばるがぼくの声に反応すると無言のままこっちにサムズアップ。「おっしゃー!」と田中とハイタッチを交わすと近くにいた他校の生徒たちが拍手を贈ってくれた。穀山中一年、赤星すばる。新人戦ベスト4進出。あと一勝で入賞。新チームとして初の実績。ぼくらが興奮気味に健闘を讃えてみたけど、その言葉はほとんどすばるの耳には届かなかった。なぜならすばるは次の試合に集中し、その対戦相手は双峰の川崎ヨシムネだったからだ。


「事実上の決勝戦ですね」


試合前にすばるは短くそう言った。『モリア先輩の仇を取ってきます』あいつがさっき同じ席でそういったのを覚えている。立ち上がったすばるの背中に掌から気合を注入するとぼくらは双峰中の悪魔の息子と対峙する勇者を祈るような気持ちで送り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る