第4話
長々とした大会委員長の話が終わり、開会式が撤収し始めるとぼくたち選手は一度二階の観客席に上がった。「モリアさーん、こっちこっち!」マネージャーの田中が先に座ってぼくとすばるを待ち、ドリンクを受け取ると卓球ラケットの入ったケースを片手に席に深く座り込んだ。
「なーに?前大会一回戦負けのアンタでもやっぱり緊張するワケ?相手が優勝候補、双峰のエースだからって」
「…うるさい。余計なフラグを立てようとするな」
視線を上げずにもう一人のマネージャー、小松里奈に答えるとぼくの感情をくみ取ったように冷えたフェイスタオルを手渡してきた。彼女の言葉に悪意がないことはわかっている。でもあの煉瓦色のウェアを見る度にどうしてもタクの最後の一球が脳裏によぎってしまう。胸の奥に言い表せないドス黒い気持ちが湧き上がってくる。一回戦の相手、川崎ヨシムネ。彼があの日その場に居なかったのは覚えている。全国に行ったのは彼じゃなく、予選大会を戦ったメンバー。でもあのウェアを着た卓球部員が俺は憎くて憎くて仕方がないんだよ!
「あの、モリアさん大丈夫ですか?顔が怖い…昨日帰りにタクくんと駅前の濃厚とんこつらーめんでも食べに行ってお腹を壊してるんじゃないですか?」
「だれが腹下しピーピーマンだ!」
「…なによそのワードセンス。そのやりとりを見るに普段通りみたいね。で、頼まれてたラケットだけど」
里奈が田中越しに別のラケットケースを手渡す。ジッパーを開け、中身を確認すると
ぼくは静かにほくそ笑んでみせた。里奈がぼくの顔を見て心配そうに口元に手をやった。
「本当にそのラケットで勝負するつもり…?」
時間いっぱい、一回戦開始5分前のブザーが鳴る。ぼくはみんなとこぶしをタッチさせると決戦の会場へと繋がる階段を下りた。
「TVCO番組プロデューサー、梅崎です。試合前に一言、二言頂けるかな?」
体育館のドアに続く、文字通りのトンネル。そこで見覚えのある顔の大人がぼくにマイクを向けてきた。この人には何度もインタビューをされた事があるし、地方の大きなイベント事であればこうやって地元のテレビが嗅ぎ付けてやってくる。立ち止まってうなづくと梅崎さんがカンペをめくりながらぼくに質問を繰り出してきた。
「えー、今回のモリア君の対戦相手、川崎ヨシムネ君、彼の父はプロの卓球プレーヤーとして中国リーグで長きに渡って活躍し、場の空気を完全制圧する彼のプレースタイルは卓球王国中国を持ってしても『悪魔』と呼ばれていました。その『悪魔の子』を相手にどうやってモリア君が戦うか、我々も非常に興味深いポイントだと思っています。対戦前に彼の印象を聞かせてください」
「印象ですか…」
少し間を取って相手の川崎ヨシムネについて考えてみる。
「ま、正直に言って設定を盛り過ぎだと思います」
「だよねぇ!ハハハ!彼は他にも『双峰中の最高傑作』なんて呼び名もあるワケだし。周りが持ち上げてる印象が強いとわたしも思ってた!…で、彼のその、重みに感じてる部分、プレッシャーを突くあたりがモリア君の戦い方になるのかな?」
「ああ、ハイ。そんな形になると思います。でも相手のミスを待つような、皆さんが退屈だと思う試合にはしないつもりです」
暗がりの後ろで光るカメラに目線を向け、強い言葉をぶつけてみせる。おおっと驚いた様子で梅崎さんはインタビューを締めくくった。
「以上、試合前の『チキータ王子』本田モリア君の感想でした。それじゃ、試合、頑張って!」
エールを贈られ、グータッチを返すとぼくは駆け足で体育館に入場した。そしてその中の光景を見てやはり少し面食らう。団体戦と違い、ブースの敷居は8つに細かく区分され、他と同時に試合が始まる。
「よぉ。
マットのない体育館の床をつま先で地面を掘るようにしてリズムをとっていたマッシュカットの対戦相手がぼくの姿を見て顔を上げる。
悪魔の子、川崎ヨシムネ。卓球台を挟んだ向こうで彼が垂らされた前髪の奥でぼくを強い眼差しで射貫こうとする。
「審判、チェックお願いします」
相手の態度に付き合わず、審判にラケットを差し向ける。「あれ?これって?」同年代と思われる短髪の少年審判がラケットをひっくり返すように眺めているとさすがに驚いた様子で川崎ヨシムネがぼくに尋ねてきた。
「そのラケットでオレと闘うつもりか?面白い。キミは実に興味深いな」
「えっと、今回は、地方ルールなのでこのラケットの使用を許可します」
「ありがとうございます」
審判に礼を言い、そのラケットを川崎に手渡す。「まさか初戦からこんなイロモノ相手と闘うことになるとはな。キャロル・マンジェキッチの息子の名は伊達じゃないっていう事か」
せせら笑う相手からラケットを受け取りラリー練習を始めて実戦の感を取り戻す。奇策だって?冗談じゃない。これは待ちわびたこの日のために用意した特注品だ。練習時間が終わり、サーブ順が決まるとぼくは審判のコールを待ってピン球を宙に浮かべた。
「このラケットはキミのため」
両一色のラケットが押し出すようにしてピン球を弾く。ぼくの、新しい穀山卓球部始動としての一戦が今、始まった。
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