第2話 答えもなくさまようだけ

 昔したことのある遊びのキスとは違う、初めてのキス。きっと莉乃りのは何度もしてるのかな、と思うだけで、身体に熱が走った。


「ん、んんぅ!? ゃ、ん、っ――――!?」

 戸惑う莉乃の口のなか全部を隈無くまなく調べるように、舌で掻き回す。必死に抗う舌を絡め合うと、莉乃は吸わないはずの煙草の味がして、苦い。

 それでも、これは莉乃が吸ったもの、莉乃の身体に入っていたものなんだ……こんな苦いものが……!?


「――――やっ!」


 鼻にかかった吐息を漏らしながら苦しげにうめいていた莉乃がとうとう私を突き飛ばして、泣きそうな顔で見つめてくる。

「なんで、怖いよ、何するの、みお?」

「なんで……それはね、私の台詞だよ」

 我慢できなかった。

 溢れてくる、檻のようなものを突き破って、心のおりがどんどん、どんどん。

 あぁ、もう、止まらない。

「ひとりじゃ何もできないくせに、未だに夜怖くてひとりで寝られないとか言って私と寝たがるくせに、履修科目もひとりじゃ心細いとか言って私と同じのにしたがるくせに、道にも迷うし、ちょっと教授からきつく叱られたら私に泣きつくくせに、帰りもわざわざ私のこと待つくらいだったよね、バイト先に来て話し込んじゃうこともあったっけ、家のことだってほとんど私に頼ってるじゃん」

「そ、それは……昔から澪がいろいろしてくれてたから、つい、」

「私のせいなんだ」

「ち、違うよ! そう言いたかったんじゃなくて、」

「そんな小さい子みたいにしどろもどろになってるくせに、もう泣きそうだよ、なのになんでそんなことしてんの? 相手は誰、知ってる人なの? それともナンパでもされた?」

「そ、そんなの、澪には……」


 パンっ!


 乾いた音に気付いたのは、頬を押さえながら私を見つめる莉乃の視線のあと。え、え、と見るからに狼狽うろたえている莉乃以上に、私自身が戸惑っていた。

 え、今、私が莉乃をぶったの? なんてことを……そう思ったのも一瞬のことだった。


 莉乃が、私を必死に見ていた。

 大粒の涙を零しながら、きっとわけがわからないだろうに、必死になって「ごめんね、ごめんね」と謝り続けている。その姿が、なんだか昔の――泣き虫で臆病で、いつも私の背中に隠れていた頃の莉乃に似ているような気がして、背筋がぞわぞわした。


「ごめん、嫌なことしてごめんね、あの、わたし、寂しくて……ごめん、なんか声かけられたら、あの、」

 要領を得ない話し方がなんとなくイライラしたから、近くにあったテーブルを強めに叩く。ビクッ、と身を震わせながら、また涙を零す莉乃は、ゆっくりゆっくり、「全部教えてよ」と言う私に全部話して聞かせてくれた。

 聞くと、こういうことは初めてではなかったらしい。前にはもっと変態じみたことも強要されたし、別の人には何を頼んでも聞き入れられずに好き放題されたらしい。今日はゼミの上級生だったらしい……あぁ、確かにあいつなら莉乃みたいに可愛くて何も知らないような娘に目をつけないはずがないかもね。


「ふーん、そっかぁ」

 意図して声のトーンを落とすと、大袈裟なくらい莉乃が身体を震わせる。最近服の趣味が大人びてきたと思ったら、そういうことだったんだね。

「でも、怖かったでしょ、そいつらにやられてるとき?」

「え、あの……」

 あぁ、きっともう話したくないんだね。恥ずかしいもんね、そんな話するの。たぶん、小さい頃から知ってる私が相手だから尚更。けど、そんな目をうるうるさせて、顔を赤くしたからって逃げられるわけないよね、わかるはずなのにね、それくらい。


「どうだったの、莉乃?」

 私の知ってる莉乃なら、怖かったよね?

 怖かったでしょ?


「……うん、」

 どうだったの、に対して、うん、は返事にならないよ? そう言いそうになったけど、きっとそこまでしてしまうと本当に虐めているみたいになってしまう。私がしたいのは、そうじゃない。

「そっか、……寂しい思いさせてごめんね、莉乃」

 心からの言葉とともに、抱き締める。

 小さな嗚咽とともに肩に回される手に、深い満足感を覚えながら。

 

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