第3話

 私は『S』を引き込もうと指を鳴らそうとした。鳴らそうとしたそのときに『S』とは違う方向から声が聞こえてきた。


「お姉さんにも見せてー」


 その方を見ると見たことのある黒いタイトドレスを着た化粧の濃い見た目だけは20代前半の女の人がいた。私たちはこの人を知っている。


「「万年魔法少女オバサン」」

「万年言うな、オバサンじゃなくてお姉さんだ! 」


 私とレーフラが声を揃えてその人を呼ぶとその人はそう呼ぶなって怒ってきた。見た目だけ若い人にお姉さんはないでしょ。



「いや、『K』。60代だったら人間が見たらオバサンだ」

黒井くろいオバサン今『K』って呼ばれてるのね」

真琴まことオバサンまた老けたんじゃねぇの? 」


 なんか『S』って人も黒井オバサンをオバサンって呼んでるし、やっぱりオバサンなのよ。二年前に初めて会ったときから60代だったし。


「『S』~、魔・法・少・女の60代は人間の20代って教えたよね? あとせめてお前たちは黒井真琴じゃなくて『黒音クミュー』と呼べ」

「へー、オバサンあっちの味方なのに魔法少女名乗るのね」

「たいした八方美人だな。殺されるぞマジで」


 私が見てもオバサンの怒りのボルテージが上がってるのがわかる。私はそろそろやめてあげてもいいけど、レーフラが言うのがすべて正論だから止める気にはならない。レーフラはどんどん楽しそうにオバサンを弄ってる。


「オバサン、そんな魔法が憎いなら死ねばいいと思うよ」


 そうレーフラが言った直後だった。オバサンの魔法が暴発して私たちを包んだ。私たちだけじゃない、喫茶店も、そこにいたお客さんや店員もみんな。


『ヤミを操る魔法』


 この魔法を授かった魔法少女は魔法使いになれないと言われている。だって、ヤミは闇でも病みでもない。そのどちらもといえば聞こえはいいけれどつまりは知らなければよかったことすべてを網羅し、扱えるようにならなければ魔法使いにはなれない。たった8年でだ。

 並みの魔法少女にはそんなことできない。けれど目の前にいるオバサンはあと一歩のところまで行った。最後の一つだけ知れば魔法使いになれるところまで行った。でも、それができなかった。

 誰が好んで20年間愛を込めて育ててくれた親を殺すヤミを知りたい。誰も知りたくない。私だってそう。知りたいわけがない。

 オバサンはそれだけは知ることを諦めて魔法使いになることも諦めた。それだけなら良かったんだろうね。

 魔法使いに育ての母親を殺された。

 結婚したら夫と子供を殺された。

 その魔法使いの目的が何かなんてわからない。

 オバサンはその魔法使いを殺した。唯一使えるヤミの力を使ったら楽だったらしい。私には知らないけどね。

 その功績で当時の死神会から声がかかってその一員になったらしい。


「おい、『K』! 俺も巻き込んでる! 」

「ダメね『S』の声も聞こえてないわ。黒井オバサンのヤミを抑える方法思い付く? 」

「うーん、謝るか」

「そんな簡単に『K』のヤミが解除されるか! 」


 上司、というか代表の言葉すら無視してオバサンはヤミで包んでいく。私はレーフラが原因の筈だからレーフラに押し付けることにしたの。私には対抗できないからね。


「あー、真琴オバ……じゃなくてクミューお姉さん。私が悪かったから魔法解除してもらえないかな~なんて」

「やっぱり聞こえてねーじゃん! それに魔法少女を名乗るなら魔法くらい使ってもらいたいもんだな! 」

「黙っててくれないかしら、うるさいわ。私が魔法で手助けすればいいんでしょ? 」


 魔法嫌いの集団の代表の癖に魔法を使えだなんて矛盾してるんじゃないのかしら。まあ私の幻なら一瞬だけ意識をレーフラに向けるなんて簡単だけど。


「レーフラ、私が合図したらもう一度謝ってくれる? 」

「えぇー、わかった、わかったからそんな目で見るなよ」


 そんな目っていったいどんな目かしら。私は普通の顔をして言ったつもりなんだけどな。

 兎も角、精神が不安定なほど幻は私が思う以上の効力を発揮できる。私はレーフラを見てうなずくと、指を鳴らした。


「……おい、何をしている! 俺にもわかるようにしろ! 」


 ああ、うるさいわね。少しはオバサンのことを心配したらどうかしら。


「おい! 無視をするな! 」

「お前ちょっと黙れ。全員に見えたらそれはもう幻じゃねぇだろ? 私たちはオバサンがこのままでも構わないところを助けてやるんだ、感謝されるがわなんだぞ」


 私が怒る前にレーフラが『S』に言ってくれたらしい。話をよく聞くらしくレーフラが少し言っただけで文句も言わず黙ってくれたから意気地無しとも言えるのかしら。

 祐希がこんなに意気地無しだったらやになっちゃう。その点祐希は自分の意見はしっかり言って……あ、惚気てる暇はないんだったわ。


「……真琴ちゃん、元気だったかしら? 」


 私は指を鳴らしてから一言優しく微笑んでオバサンに言った。一瞬でもこっちを見ればいい。

 たった一言声をかけただけなのにオバサンはこっちを見た。私はすぐにレーフラに向けて合図を送った。

 私の前に出たレーフラは謝った。


「クミュー、ごめん。私たちだって何も知らない訳じゃない。でも、私らだってほんの悪巫山戯だったんだ。許してくれてもいいんじゃないか? 」


 わりと本気の表情で頭を下げたレーフラは珍しかった。私は悪巫山戯のつもりじゃなかったんだけど……ま、いっか。

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