第4話 旅行気分で
秋人が異世界に来て初めての朝。誰かに呼ばれた気がする。というか呼ばれている、耳元で。
「そろそろ起きてください!秋人さん!あきとー!」
眠いんだよ。今日は大学は2限目からのはず……。無理。
ミントはどうしてやろうかと考えていた。布団をはいでやろうか、ベッドから落としてやろうか。しかし、レイラの客人でもある。悩んでいた。……少し大きめの声で
「10数える間に起きないと痛い目にあいます」
そう言うと数え出す。2と数えたところで秋人はバッと起きた。しかし理解できてない様子。ぼーっとしている。ミントはチッと思ったとか思わなかったとか。
「おはようございます。よく眠れたようですね。もう起きてください」
秋人は何も言わず、うんと頷く。
……そういえばそうだった。自分の部屋じゃないし、自分の世界でもなかった。異世界だった。そしてメイドさんが起こしにくるとか最高か。
にやける秋人を見て、ミントはなんだこいつというような顔をする。
「朝食を用意しました。昨日と同じ部屋でレイラ様が待ってます。準備したら行きましょう。外で待ってます」
ミントは会釈し、部屋の外に出た。秋人は昨日の経験から、あ、これ、待たせたら機嫌悪くなるやつだと察し、急いで準備する。顔を洗って身だしなみを整えるくらいだが。
部屋の外に出るとミントが待っていた。今日はイラついてない。……ふと、ミントの腰に短剣のようなものがあることに気がついた。
「今日は支度が早いですね。……これが気になりますか。王族領以外では身に着けています。昨日はレイラ様から言われて着けていませんでした」
秋人は物騒だなと思ったが、もう突っ込まないことにした。それより支度が早いと言われたことに対して、秋人は心なしか胸を張って、
「昨日の経験から学習しました!」
ミントは??が頭に浮かんでいるようだったが、気を取り直して
「それでは行きましょうか。……ちなみに、レイラ様はもっと早く起きています。あちらの世界ではどういう生活をしていたか知りませんが、だらけていては困ります」
「……気をつけます」
ミントの後ろに秋人がついていき、レイラが待つ部屋に行く。
普段の自分の生活を知ったら、この人たち、どう思うかな……。大学は今は授業少ないし、バイトやって、後は引きこもってゲームとインターネット。本当は就活の準備とかいろいろやらなきゃいけないんだけどな。気が重い。逃げ出したい。……あ、今のこの状態とか現実逃避っぽいよな。そう思ったら帰りたくないよなぁ。……ダメだ、そんなことのためにここに来たんじゃない。
昨日と同じ部屋に案内され、レイラの姿が見えた。窓の外を見ているようだ。昨日と雰囲気が違うドレスを着ており、秋人は凝視する。そんな秋人にレイラは気がつくと笑顔を向ける。
「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?今日はいいお天気ですよ」
レイラは窓から離れ、朝食が用意してあるテーブルの椅子に座り、秋人も座った。目の前にはホテルのような洋食の朝食が並べられている。
「おはようございます。はい、ぐっすり眠れました。……遅くなってすみません」
「いいのですよ。それではいただきましょう」
いつもこんな食事してんのかな?さすが、王族。今日はこの周辺を案内してくれるらしいし、楽しみだ。昨日馬で走った感じだと、中世ヨーロッパっぽかったな。……あ、今日も馬に乗るのか?でも車なんてなさそうだし、きっとそうだよな……。
秋人が考えているとレイラから
「今日はこの周辺と中央に行こうと思います。さすがに城下町には、王族特務の護衛を連れていかなければならないので別の機会にします」
「中央とはなんですか?」
「騎士や魔術師、官僚やメイド、たくさんの人が集まるところ、騎士・魔術師の部隊がいるところといいますか。説明しづらいですが……」
「なんとなくわかります」
「ありがとうございます。昼は人がたくさんいますのでこの国の雰囲気がわかるかもしれません」
なんか楽しみになってきた。旅行に来た気分。この場合は冒険者の気分か?
秋人のワクワクしている感じを読み取ったのかレイラは笑顔になる。
朝食を終えると秋人は思い出したように、ミントに尋ねる。
「そういえば自分が着てきた服は……?」
「あの服はまだ乾いてないですが、あの服より今の方がいいと思いますよ。乾いたら届けてもらうように言っておきます」
秋人はどういう意味だろうと考えたが、
「このまま着てていいならそうします」
秋人はレイラの支度が整うまで外で待っていることした。こうして全体を見ると、大きな屋敷だなと見上げる。昨日は暗かったのでわからなかったが、庭は花が咲いたり手入れされているようだ。さらりと吹く風が心地良い。この世界も現実世界と同じ春なんだろうか。秋人はそんなことを思いながら庭を散策する。
すると、馬の足音が聞こえ、一人の男性が門の前に来た。その男性と目が合う。ダークブロンドの髪の背が高く体格のいい男性だ。よく見ると、頰に傷がある。軍服みたいな制服を着て、背に何か長い物を背負っている。ミントも短剣を持っていたことから考えると長剣だろうか。あの人はこの国の騎士だろうか。そんなことを考えながら秋人はじろじろとその人を見ていたが、キッと睨まれた。見すぎていたか。秋人は視線をそらし、レイラはまだかなと屋敷の入り口の前に戻る。
この国の人は背が高いのか?クロタキさんは俺と同じくらいだし、レイラさんも160cmはありそう。あ、でもクロタキさんは元騎士だし、騎士なら背が高い方が頼もしいかもな。というか、剣を普段から持ってるなんて、やっぱ俺も戦うことになるのか……。いやでも剣は無理だろ。
秋人が考えていると、レイラとミント、数人のメイドが扉から出てくる。
「お待たせしました。……迎えが来るはずですが、あら?副隊長さん?」
レイラは門の前にいる男性を見て首をかしげる。
「とりあえず行ってみましょう」
門の前まで歩いていき、ミントが門を開ける。レイラはその男性に
「おはようございます、副隊長さん。アスカはどうしたの?……もしかしてお寝坊さん?」
副隊長さんと呼ばれた男性は申し訳なさそうな声で
「……おはようございます。申し訳ございません。隊長は起きていたのですが、馬に乗れるような様子ではなかったので」
「つまり、ぼーっとしていたのですね」
レイラは笑いながら言う。
「そうです。そういう状態ですので、レイラ様に何かあってはと判断し、私が迎えに来ることにしました」
レイラは近くにいた秋人を呼び、副隊長を紹介する。
「この方は騎士で、部隊の一つをまとめる副隊長さん、名前はシルヴァン……ノエルだったかしら。私は副隊長さんと呼ばせてもらってるけど、副隊長もたくさんいますものね。……この方は私が異世界から呼んだ、いずれこの世界を救ってくれる秋人さんです」
秋人はこの紹介を聞いて、相当なプレッシャーを受けたよう。思わず、
「レイラさん……その紹介どうにかなりませんか……」
レイラは少し考えたが、
「この紹介がないと、何のためにこちらに来たのだろうと皆さん思いますよ?」
レイラはいたずらっぽく言う。秋人は納得しているようだったが、やはりプレッシャーを感じているよう、顔がこわばっている。シルヴァンはそんな二人のやりとりを見ていたが、秋人と目が合うと
「第12部隊の副隊長シルヴァン・ノエルです。シルヴァンでもノエルでも副隊長でも好きに呼んでください」
秋人は相手に向き直して
「秋人です。えと、アキト・アヤセです。よろしくお願いします」
二人の挨拶が終わった頃にメイドが馬を連れてくる。ミントがその馬の手綱を受け取る。レイラから
「私が副隊長さんの馬に乗ればいいのよね。ミントは秋人さんをお願いね」
秋人はやっぱり馬に乗るんだなと思った。昨日と同じようにミントに手を貸してもらいながら乗る。昨日よりはスムーズに乗れた。昨日よりは余裕もある。これならこちらの景色も楽しめそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます