第5話 中央にて

 「さぁ、まずはこのお屋敷からね」


レイラによるこの国の案内が始まる。レイラの方を見ると、シルヴァンの前にちょこんと座っている感じ。二人の体格差がうかがえる。レイラは昨夜、秋人が泊まった屋敷を見ながら


「このお屋敷は貴族で、今は騎士・魔術師の部隊をまとめるアストリッドのお屋敷です。とてもカッコいい女性で、頭の固い官僚たちにも意見が言える方です。仕事に熱中しすぎてこのお屋敷に帰ってこず、中央で寝泊まりすることもあるようです。後ほど、会えると思います」


 ……笑顔で頭の固いとか言うんだ、レイラさん……。そのアストリッドさんもクロタキさんみたいな人なのかな?でもすごい人なんだな、部隊って軍隊みたいなもんなんだろ?それをまとめてるなんて……もしかしてめっちゃ怖かったり厳しかったりするのかな?……ま、まぁ初対面だし大丈夫……だと思う。


「そ、うなんですね」


少しどもり気味に言う秋人に、前に座っているミントが後ろを振り返るように


「だらけていては怒られますよ」


と皮肉っぽく言う。秋人からは横顔しか見えないが、笑っているように思える。


「……が、頑張ります」


「大丈夫ですよ。アストリッドは優しい方ですよ。たまに怖いだけです。……さぁ、そろそろ行きましょう」


たまに怖いんだ!と秋人は思った。シルヴァンとミントは手綱を握り直し、馬をゆっくり進ませる。


「ここは貴族領といって貴族たちが暮らしているところです。私が本来暮らしているのは王族領といって、王族しか入れないところなのです。昨日ミントがその話を少ししたと聞いています。私は王族ですが王位継承権はなく、ですので、自由がきくこともあるのですよ。私以外の王族が外に出るときは、王族特務がぞろぞろとついてきます。私も一人はつけなければいけないのですが、今回は王族領のメイドと第12部隊の隊長と一緒に行動することで免除してもらってます。……でも、隊長の代わりに副隊長さんが来てくださいましたね」


と後ろにいるシルヴァンの方を見ようとする。シルヴァンはため息をつきながら


「……叱っておきます」


ミントも小さくため息をつき


「あの人はもう……」


ミントは振り向かず秋人に紹介するように、


「その人は強くて周りの信頼も厚い人です。……元からの性格なのか少し抜けてる所もありますが」


最後の方はシルヴァンに顔を向けて言う。


「隊長としての役目はしっかりしてると思いますよ。たまに抜けてたり、仕事増やしてくれますけどね。それと事務仕事は全部私がやってますけどね」


「「……」」


レイラは苦笑いしている。秋人は少し呆気にとられたのかシルヴァンを見ている。


 結構ハッキリ言う人なんだな……。その隊長さんもアストリッドさんもどんな人なんだろ?



 馬はゆっくり歩きながら、中央に向かっているよう。優雅な散歩みたいだ。外国に来たかのような風景は、秋人を楽しませた。魔物がいたり、魔物と戦って命を落とす者がいるとは思えない。


「……少しスピードを上げましょうか」


手綱を持った二人が馬を操り、スピードを上げる。


「ごめんなさい。この風景を楽しみたいでしょうけど、中央に行ったらいろいろやることがあるの」


レイラが秋人に顔を向けながら言う。秋人は


「大丈夫です。このままでも楽しめます」


レイラはそうと言い、小さく微笑む。



 昨日の大きな門が見え、しばらく走ると門の前に着いた。貴族領と中央を隔てる門だ。ミントとシルヴァンが馬から降りた。シルヴァンはレイラに対して手を差し伸べている。秋人はそれを見て、あ、騎士っぽいと思ったようだ。それを見ていたのか、ミントは不敵な笑みを浮かべながら


「手を貸した方がいいですか?」


「……お願いします」


秋人は大きな門が開くのを見ながら、昨日のことを思い出しているようだ。表情が固くなる。


 昨日の今日なのに、いろいろあったな。あったというか話してもらったんだけど。もう後戻りできないんだよな。


 門が開くとその先に、三人の制服を着た人が立っているのが見えた。剣を背負い、腰に銃?をつけた女性と少年が二人。レイラは一瞬、戸惑ったのか静止していたが、走り出したい気持ちを抑え、小走りで近づく。


「……アスカ!……何かあったの!?」


ここからでは何を言っているかよく聞こえない。アスカと呼ばれたその人はブラウン系のロングストレートの髪で、レイラより背が低く、小柄な騎士という感じ。その女性が険しい顔でレイラに話している。シルヴァンとミントが秋人の横に来て


「出撃命令か」


「……たぶん」


秋人はレイラとアスカを不安そうに見ていたが、レイラが振り向き目が合う。焦った顔をしている。


「秋人さん!」


レイラがまた小走りで秋人に近づく。


「……出撃命令ですって。一緒に行きましょう!」


「――はっ?」


思わず、変な声が出た。その場にいた二人は表情がなかなか見えないが、驚いている気がする。レイラは二人に構うことなく早口で


「この世界の現状を見てください!私も一緒に行きますから!」


「――それはダメです!」


二人のやりとりを見ていたミントが間に入る。


「レイラ様が一緒に行くのはダメです。秋人さんだけならともかく!」


 え、俺はいいんかい!


秋人は心の中でツッコむ。


「何かあってからでは遅いのです!」


「でも、見てもらった方が一番早いと思うの!」


レイラは秋人の顔を見る。しかし、ミントも引かない。


「秋人さんも死ぬかもしれませんよ!ここで死なせては連れてきた意味が――」


「――二人とも抑えて。今はこの時間も惜しいです」


熱くなっている二人に、いつの間にか近くにいたアスカが間に入る。


「レイラ様の気持ちはわかりますが、彼の気持ちも考えた方がいいのでは?」


視線が秋人に向けられる。この場の誰もが秋人を見ている。


 ……そう来たか!これは……


「一緒に行きます」



 俺は、このまま流されてていいのか。自分の意見を言わなきゃいけないんじゃないのか。だけど、この人たちを落胆させたくなかった。……でもそれで死んだら元も子もないよな。俺ってこんな奴だっけ?



「秋人さんが行くと言ったのだからいいでしょう!?」


「レイラ様が行くなら王族特務を――」


「――そんな暇ないですよ」


秋人は真顔で何かを考えていて周りの話が聞こえていないようだ。

まだやりとりは続いていた。三人を見ていたシルヴァンだが、さすがに時間がないと思ったのか三人に近づく。背が高いだけあり、三人はすぐ気がつき、何?というような顔をする。


「王族領のメイドがレイラ様の護衛、隊長が責任を取るということにしたらどうですか?」


「え、それ酷くない?下手したら始末書だけじゃ済まないんだけど……」

「そうしましょう、バレなければいいのよ!」


二人の声が重なる。決まった。ミントはまだ何か言いたそうだが、無理やり納得したかのようだった。秋人は……まだ真顔でどこかを見ていた。アスカの声で正気に戻る。


「急ぐぞ。……シルヴァンは先に行って準備してきて」


「はい」


シルヴァンは去っていった。アスカは残った三人と少年二人……少年二人は遠くからこのやりとりを見守っていた。まだ彼らにはどうすることもできないためか。


「歩きながら軽く説明します。行きましょう」


アスカを先頭に歩き出す、というより急ぎ足で。


「そちらがレイラ様が言ってた方?」


秋人に目を向ける。


「……えっと、はい、たぶん」


「そう、秋人さんっていうの」


アスカは秋人をじっと見て、何か考えているのか、何も言わない。


「私は第12部隊の隊長アスカ・リーシュタールといいます。こちらに来たばかりでこんな状況で申し訳ない。私の隊の誰かを近くにつけるから、死なないように」


「……アキト・アヤセです。死なないように頑張ります……」


 また頑張りますって言っちゃったよ……。俺、この世界に来て頑張りますとしか言ってないような気がする。でもそれしか言いようがないし……。


少し影のある表情をした秋人を、アスカは見ていた。しかしアスカは続けて、


「南西、郊外のその向こうに、獣型の魔物が出現したと聞きました。被害が大きくなる前に仕留めたい」

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