第2話 もう一人の自分
クロタキについて屋敷の中に入ると出迎えてくれたのは、ドレスを着て髪をハーフアップにまとめた、優しく笑みを浮かべた女性。秋人はその女性を見て、
「……冬希!?」
驚いたような声を出す。その女性は少し困った顔をしたが、笑みは崩さない。クロタキは秋人の後ろにいたが、前に出て
「レイラ様、もう起きてよろしいのですか?」
秋人はこの女性がたびたび会話で出て来た人だと察する。レイラはクロタキを見てから秋人に向けて
「私が呼んだのだから出迎えないと。……ようこそ、異世界へ。私はレイラと申します。あなたがさっき冬希と言った方の、もうひとりの存在になりますね」
秋人は理解が追いつくのが少し早くなったが、まだ何も言わない。レイラは思い出したように
「ごめんなさい。お洋服が濡れたままでしたね。……ミント、着替えを用意して」
クロタキはミントと言うらしい。秋人はそこは理解した。
「着替えたら話したいことがあります。あなたも聞きたいことがたくさんあるでしょ?」
秋人は緊張が解けたような、和らいだような顔をした。
「は、はい、たくさんあります!」
用意してもらった服は白いシャツと黒いパンツという普通の格好。でも普段の自分の服よりは高そうだと、秋人は自分の姿を見たり鏡に映る自分を見ている。
妹と同じ顔の人がこの世界にいるのか。異世界というか並行世界?……じゃあ、自分と同じ顔の人もいるのかな?え、嫌だな、それ。ドッペルゲンガーってやつ?……とりあえず聞きたいこと忘れないようにしないとな。
コンコン。扉を叩く音がする。出て来いというのか。秋人はさっと鏡で身だしなみを整えると、外に出る。ミントが待っていた。ちょっとイラついてる。着替えが遅かったのか。秋人が
「すみません。……あの、自分の服はどうすればいいですか?」
と尋ねるとミントは
「そこに置いておいてください。洗濯します」
少しトゲのある言い方で答え、歩き出す。秋人はまた遅れをとり小走りに。
ミントに連れられ、とある部屋に入る。そこには先ほどの女性、レイラが座っていた。ミントはレイラに挨拶すると、秋人にレイラの向かいの椅子に座るよう促す。秋人は部屋の豪華さ、綺麗な椅子とテーブルにキョロキョロしたりキラキラした表情をしたりと忙しい。そんな姿をレイラは微笑ましく見ている。ミントは……イラついている。
「少しお話ししたらお食事にしましょう。お腹すいてるでしょ?それまでお茶でもどう?」
秋人は言われてみればと、外を見るともう夜だ。そしてレイラに視線を戻し、姿勢を正す。レイラも少し姿勢を正してからゆっくりと話し出す。
「突然ごめんなさい。……何から話せばいいのかわからないけど、まずーー」
「さっき言ってたもうひとりの存在って……」
秋人がレイラの言葉を遮るように少し早口で言った。レイラは笑顔で
「ええ、さっき私が言ったのですものね。それから説明しましょう。……そういえば、あなたの名前を聞いてなかったですね」
秋人はアッと思い出したような顔をした。そういえば、相手は名乗ってくれたのにまだ自分は名乗ってなかったのである。
ーーとここでミントが紅茶を持ってくる。紅茶なんて普通の大学生男子は飲まないと思うが、香りがものすごくいい。目の前に紅茶が置かれる。
「俺……僕は彩瀬秋人あやせあきとといいます。えっと……大学生です」
秋人はこれ以上、何の自己紹介したらいいかわからず、口を閉ざす。レイラは微笑みながら聞いていたが
「大学生というのは……専門的な勉強をしているということですね。名前は秋人さんでいいですか?」
「はい」
「お互い名前はわかりましたね。……それではもうひとりの存在とこの世界についてお話ししますね」
レイラは秋人の世界とこちらの世界について、性格は違うが同じ顔の人間が生きていること。こちらの世界は魔物がいて人間を殺し食べること、人間が魔物に食べられた場合、もしくは噛まれて死んだ場合、秋人の世界では存在が消えてしまうことを話す。騎士や魔術師が魔物と戦い、多くの者が命を落としたことを話した。
秋人はレイラの話を一生懸命聞いていたが、時折よくわからないといった表情になる。出された紅茶にはほとんど手をつけていない。レイラから
「人が突然消えた、などないですか?」
秋人は突然の質問にうまく反応できず
「え、いや、あの……ちょっと自分の中で整理させてください」
と考え込む。
つまりはこの人は妹と同じ顔をしてるけど、別人なんだ。そりゃそうだよな。あいつにこんな上品さはない。じゃあ、やっぱり俺と同じ顔の人もいるのか。どんな人だろ?それよりさっきの質問。人が消えた?神隠し?行方不明者は多いと聞いたけどな。それか?え、こっちで魔物に殺されたから現実世界で消えた?……それより、さらっと言ったけど、ファンタジーの世界なんだな。
秋人は少し理解したよう、レイラを見た。
「行方不明とかそういうのは多いと聞きましたが、消えたというのはさすがに……わからないです」
レイラはそうよねと納得したような顔をする。
「その行方不明の方が消えている可能性があります。でも確かめようがないですよね。……そして、なぜあなたをこちらに呼んだのかもお話ししますね」
レイラは紅茶をひとくち飲んでから話し出す。
近年、魔物が増えたことで原因解明を急いでいたこと。官僚はその原因が異世界にあるのではと言うが、異世界の者をこちらに連れてくるのは面倒だと濁す。レイラはとある出来事があり、この世界をどうにかできないかと考えていた。秋人を選んだのはいくつか共通点があったからだと話した。
「私はあなたと同じ顔の騎士に助けられました。そしてあなたの妹さんは私と同じ顔でしょう?」
秋人はああと納得した顔を一瞬見せるが、すぐに戻り、少し考え
「つまり……俺がこの世界をどうにか、ええっ!?助けるということですか!?」
秋人は考えがまとまっているのかまとまっていないのか、そんな発言をする。先ほど、僕と直した一人称はすでに俺に変わっている。レイラは笑顔で少し砕けた言葉で
「理解が早くて助かるわ!……私とこの世界を救いましょう!」
秋人はすぐに
「ーーいやいや、無理でしょう!俺、何もできませんよ!」
レイラはそんな秋人に落ち着いてというように紅茶を勧める。秋人も落ち着こうと紅茶を飲む。すでに紅茶はぬるくなっていた。レイラは
「ごめんなさい。救うと言ってしまいましたが、私自身もそれができるとは思っていません。……ただ、何か原因というか、何か道筋のようなものがわかれば……と」
考えるように話している。落ち着いた秋人は
「それさえもできるかどうか……。俺、普通の大学生です。どっちかというと助けるんじゃなくて助けられる人間です。自分のことさえなかなか決めらないのに、そんな人間に何ができるのか……」
最後の方は声が小さく、自嘲気味に話す。レイラは困ったような顔になったが、すぐ笑顔になり
「では、自分を変えてみるのはどう?ここには元のあなたを知る人はいない。やってみたら変わるかもしれないわ」
秋人はまだ考えている。
少し距離を置き、2人の会話を聞いていたミントが口を挟む。
「失礼いたします。……やるかやらないかも決められないのですか?レイラ様はあなたをここに呼ぶために労力を使いました。それを無駄にするので?」
凄まれている気がする。これは、やると言わなければあとが怖いと秋人は思った。
「何か自分にできることをやります……。よろしくお願いします……」
レイラの顔がパッと明るくなった。ミントも少し表情が和らいだ。しかし秋人は思い出したように
「……さっき魔物に殺される、って言いましたよね?え、死ぬんですか、これ?」
レイラは、あ、気づきましたかという表情をする。
「頑張れば死なないと思いますよ」
といたずらっぽく答える。秋人はマジかという表情をしたが、
「……現実世界じゃ死ぬことなんて考えたこともないです。逆に言えば、生きることも考えたことないです。いつ死んでもいいと思ったりしました。あ、俺の部屋は破壊したいけど。……それを考えるのもいいかもですね」
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