ファンタジー世界で生き抜く方法を考えたところ、人生を考え始めた(仮)

雪乃司

第1章 第1話 メイドはロングだな

いつもの朝、いつもの日常。

それは当たり前のことか。

それは幸せなのか。

誰かにとっては当たり前のことではないかもしれない。

誰かにとっては幸せなのかもしれない。


だけど、僕にとってはーー。





 「冷たっ!……ここ、どこだ……」


秋人あきとは目を覚ました瞬間に冷たいと発したが、さっきまでいた場所とあまりにも景色が違い、状況が追いついていない。夕焼けの中、辺りを見渡すとどうやら噴水に落ちたらしい。


 いや、それは理解できるんだけど……。さっきまで池にいたはず。池で何かに引っ張られて溺れて……死ぬかと思った。……もしかして死んだ?そうか、死んだかー。新作ゲームがまだ途中だったよなー、ガンシューティングいいよな、あのゲームがやれなくなるのか、辛いなー。……現実逃避はここまで。


 秋人は考え事をやめて決心したように立ち上がり、噴水から出る。服が水を吸って重たい。もう一度辺りを見渡すと大きな庭のようだ。


ふと、誰かの声が聞こえた。耳を澄まして聞いてみると


「……?」


男の声のようだが、聞き取れない。しかしこの状況は不審者と間違われてもしょうがない。数人の足音がこちらに向かってくる。秋人は逃げようかそれともここにいようか迷っているのか、辺りを目で見ている。


「あなたですか。異世界からこちらに来たのは」


背後からの突然の声に、秋人はビクッと体が反応する。後ろを振り向くと……メイド姿の女性。背が高く、顎より長く肩につかないくらいのストレートの髪とキリッとした顔の女性。秋人はその女性を凝視し、理解できないでいるのか微動だにしない。


 メイド服っぽい?メイドさん?あ、でもカチューシャないんだ。カチューシャないとわかりにくいな。でもメイドはロングがいいよな。……そういえば、この人、足音もしなかったぞ。えっと……ここは異世界だって?


 するとそこへ、足音とともに兵士らしき者たちが集まってくる。


「何事だ」


メイド服の女性に尋ねる。秋人は困惑した表情でその女性を見ている。兵士たちは秋人の顔と濡れた服を見て、怪訝そうな表情を浮かべている。


メイド服の女性はゆっくりと秋人の前に出て、凛とした声で


「王族領のメイド、クロタキと申します。この方はレイラ様のお客人。こちらに迷い込んだだけですのでお気になさらぬよう」


と兵士たちに言う。先程、クロタキに何事かと尋ねた兵士は


「そ、そうか、ならいい……」


他の兵士を連れ、そそくさと行ってしまった。


 秋人はほっとした様子で、兵士たちが去って行くのを見てから再びクロタキを見る。クロタキは秋人を見てため息をつき、


「こちらに来てください」


と秋人についてくるよう促す。秋人は何か言いたそうだが、クロタキは前を向き、颯爽と歩いて行く。遅れをとり小走りでついて行く秋人。噴水からは手入れされた木々で見えなかったが、大きな城の中の庭園のようだ。秋人は物珍しいといった表情でキョロキョロしている。クロタキはそんな秋人に目もくれずに前を歩いている。


 少し開けたところに出た。クロタキが足を止めて振り返る。


「ここからは貴族領でございます。本来なら普通の人は入れません。騒いだりしないでくださいね」


相手が話してくれたのでここぞとばかりに秋人が話し出す。


「えっと……何から聞けばいいのかわからないんですけど、聞きたいことがたくさんあります!」


クロタキは少し考え、ため息をつき、


「私の役目はあなたをレイラ様のもとへ連れて行くことです。レイラ様がすべて話してくださいます」


そう言い、クロタキは大きな門の前にいる門番の方に歩いていく。


 聞きたいことがたくさんあるけど、忘れそうだ……。とりあえず、メイドのクロタキさんは異世界からこちらに来たと言ってたから、ここは俺にとって異世界か。ということは、現実世界の俺はやっぱり死んだのか?というか、クロタキってすごい名前だよな……。漢字で書くと黒滝?顔は日本人のような、ハーフなのかな?でもレイラ様って名前も出てきたよな?その人はもしかして姫様?え、俺、姫様に会えるの?……とりあえずわからないことだらけだ。


 秋人が考えを巡らせている間、クロタキは一言、二言門番に伝えると門が開いていく。秋人について来いと目で合図する。秋人は小走りでついて行く。門を入って最初に目にしたのは紐に繋がれた馬と整備された道である。


「ここからは遠いので馬で行きます。馬に乗った経験は?」


秋人ははっ?馬?というような間抜けな顔をする。


「……ありませんね。私が手助けするので後ろに乗ってください」


そう言うと、馬をそばに連れてきて手綱を持ち、左足を鐙あぶみに入れ、左足を支えにしてふわりと跨がり鞍に座る。その姿を見た秋人は惚れ惚れとした表情でクロタキを見ている。動かない秋人にクロタキは


「何をしているのですか。私がしたように乗ってください」


秋人はそんなこと言われてもといった表情になる。ふと、秋人は自分の服を見て、濡れたままであることに気づく。


「服が濡れているので……濡れてしまうと思うんです」


クロタキはなんだそんなことと思った様子で


「構いません。仕事服なので、汚れて当たり前なので」


さらりと言う。確かにメイド服は仕事服だ。勘違いしてはいけない。


秋人は決心したようにおそるおそる鐙に足をかけ、クロタキの手を掴む。クロタキはタイミング良く引っ張ってくれて、上手く馬に乗れた。馬の上は意外と高く、秋人は地面を見ている。


「しっかり掴まっていてください」


そう言うと歩き出す。秋人は馬に初めて乗ったこと、女性が近くにいて後ろから抱きしめる状態になっていることに戸惑っているよう。馬は次第に走るようになる。


 怖い。馬なんて普通乗らないよな。周りを見る余裕……ちょっとある。中世のヨーロッパっぽいのかな?知らないけど。屋敷みたいな家?城?があるな。立派だなー。高そうだ。自然があったり花が咲いてたり平和だな。


 そうしているうちに、日が落ちすっかり夜に。とある屋敷の前に着く。クロタキはさっと馬から降り、秋人はバッと鞍を掴む。馬の手綱を引きながら門に近づき門を開ける。中に入りしばらく歩くと、クロタキとデザインは違うがメイド服の女性が現れる。秋人はじろじろその女性を見ている。


「頼んでいいか?」


「はい」


そう交わすと、クロタキは秋人に向き直り、手を差し伸べる。


「降りてください」


秋人はまたそんなこと言われてもな表情をし躊躇していたが、クロタキの手を掴んで降りた。

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