WJ

「だぁぁっ!!」




 アルはトータルさんを担いでとんでもない高さに跳躍してすでに直径100メートルはある光の球体に乗っかる。そこから彼女の手足が何本も飛び散ってくる。その分だけ再生しているのだろうか。




『我が儀膜を破ろう』




 ガルがアルの後ろから球体に噛みつく。顔の毛皮が焼けていき、やがて肉が爛れていく。そして球体をなぞるように顎を閉じたのち、顎をぐいっと引くと何やら球体を覆っていた半透明の膜を引っ張っていた。


 ガルは踏ん張り、それを引っ張って破こうとする。




 ブチッ…  ブチィッ……




 膜が一か所だけ破れ始める。




「いまだ!アカラ!!サンダトーン!!」


『分かっている』




 アルが言うとガルの背中に乗っていたアカラとサンダトーンが破れた隙間から中に侵入する。アルも後に続く。




 すると露骨にその個所の黒い矢の放出が激しくなる。長さ1メートルほどの矢なのに数が多すぎて、一本の黒く巨大な光線が発射されているようだ。




『我の一撃を受けよ』




 ゴォォォォォン!!!






 鐘がつかれたような音が響いたと思ったら、黒い矢が一気に分散する。






「もう一押し!」




 中に頭を突っ込んだアカラの身体が一瞬震える。






『ゼウスコール』




 雷鳴が轟く。すると半透明の膜が一気に風船のように膨らみ、そして弾けた。彼の頭の周囲の黒い矢が消滅して、さらに神の光が弱まったため中の様子が明らかになった。






「これを食らえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」




 アルが柱状のトータルさんを球体の表面に突き刺す。トータルさんは一気に黒ずんでいき、そして中に爆弾があったかのように激しく弾けた。




 その弾けた先に目をつむっている俺の顔が見えた。




 今だ!!




 行け 神を斬るんだ 




 体が軽くなってきた。そして球体の方に引き寄せられる。




 その瞬間、






 ドスッ!!






 目の前で魔法壁が割れ、俺の胸の中心に黒い矢が突き刺さる。




「ごめん……ギリギリ…間に合わなかった……」




 斜め前にいたカオルがかすれた声でこちらを振り返る。その顔は汗でびっしょりで燃え尽きた顔をしていた。




 でも彼の魔法壁のおかげで矢の威力はだいぶ殺せているはずだ。そのまま食らったら胸を貫通していた。




 無駄にしてはいけない




 まだチャンスはある。俺は再度、球体に焦点を合わせるが流血と痛みにより意識がかすんでいく。




 神の顔がどんどん光によって閉じていく。




 駄目だ駄目だ駄目だ!






「あきらめるな…まだだ…まだ……」




 どんどん視界が黒く染まっていく。






「……まだ…」




 そして完全に何も見えなくなった。










 ………




 ……………










「はっ!!」




 急に意識が蘇った。しかしおかしなことにまるで時が止まったかのように光も皆も完全に静止している。




「これは一体…」


『あいつらが来たわ』




 宙から何やらギラギラと光る物がいくつも落下してきてふわりと着地する。




 手足の生えたそれは甲高い声を発する。




『お待たせしました。ソードサマ!』


『遅すぎるわよっ、まったくとんだマヌケ軍団ね』




 サベツの森にいたコダマたちだ。確かこいつらといる間は時がほぼ止まったようになるって言っていたな。




『精霊が我々を召喚するのに手こずったようデス。全く使えませんよ。アイツハ』




 精霊様をあいつ呼ばわりか。ホントにいかれた奴らだぜ。






『まぁ何はともあれ助かったわ。マサヨシ、時間はできたわ。しっかり狙いなさい』


『ソウダソウダ!ソードサマに恥をかかせるなヨ!』




 コダマたちが騒ぎ立てる。うるせえ…


 メチャクチャ気が散るんだけど…




 そんな中、何とか神に意識を向けようとする。だがやはり中々引っ張られる感覚を感じられない。




『早くしろ!』『ハヤク!』『ソードサマが待っておられるぞ!』




 するとソードがしびれを切らして、冷たく言い放つ。




『黙りなさい』




 一気に静かになった。






『落ち着いて…力を抜くのがコツよ』




『剣は意識しないで。標的だけに集中するの』




 俺は一度深呼吸する。




 時間はあるんだ。ゆっくりでいい。思い出せ、あの感覚だ。






 ゆっくり…




 集中…




 集中だ……






 ……………






『よし!』




 一瞬まばたきをした間にいつの間にか俺は球体の上に乗っていた。




 そして足元には覆われた光の中に閉じられた片目が露出している。




 後ろを向くとアルが血まみれで吹き飛んで空中で静止していた。そして下を眺めるとコダマたちがこちらに手を振っていて、だんだん彼らは光の粒子となりつつ消えかかっていた。






「ありがとう、みんな」






 そして時が流れだす。




「はぁっ!!」




 俺は両手で剣を持ち、足元の目をめがけて剣を突き下ろす。






 その瞬間、神の上半身が急にせり出し、両腕で剣を掴んで防ぐ。




「…お前は何もしなくていい……そうすれば幸せなんだ…!」




「俺も!お前も!!」




 神は剣を離すどころか逆に押し返してくる。






「違う!俺は俺の意思をさらけ出したい!!それがここに来て出来るようになったんだ!!」




「それはまやかしだ!お前は他人に同じことが出来ると思っているのか?ここはお前の世界!うぬぼれるな!!」






 駄目だ…押し負ける…






 柄が俺の首元に迫る。苦しくとっさに天を見上げる。そこには精霊の翼がゆっくりとこちらに迫っていた。




「な、なんだ…?」




 こちらに降下してきたのち、俺の背中に6つの翼が合体した。




「この裏切り者があぁ!!」




 さらに神が力を入れてくる。


 今度こそまずいかと思ったが、腕の疲れがどんどん抜けていき、さらに力が全身にみなぎってくる。




 これが精霊の力…。いや、違う。精霊だけじゃない。




 人間、魔物、そしてまだ目にしたことのない種族の魂が果てしなく流れ込んでくる。






「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」




 俺は剣を押し返していき、神の首に剣先が触れる。




 剣が光を放ち始める。






「無駄だ!!」




 神が掴んでいるところから剣に亀裂が入っていく。




「これは壊したくはなかったが仕方あるまい!ソードが無くなればお前は何も選択することが出来なくなる!この世界は完全に静止するが俺が神であるという事象は永遠に覆されない!!」




「何もできないどころか何もなくなるのだ!!」






 そんなの……






「させるわけないでしょう」




 いつの間にか傍にジャスティスが立っていた。ジャスティスの後ろの空中に翼をはためかせて飛行するワイバーンがちらりと見えた。


 そうか、ワンタンも来てくれたのか。




「……カオルがアナタに情けをかけた訳が分かりましたよ。アナタは惨めすぎます」




「惨めだと!?俺は神に上り詰めた!その才を持っていたのだ!!」




「だからですよ。アナタはこの世界だけで強くなり過ぎた。そして硬直した力だけで塗り固められて周りを見渡すことが出来なかったのです。それをカオルは感じ取った。きっと一つ間違えれば自分もこんなふうになってしまうと思ったのでしょう。彼も巨大な力を持っていましたからね」






「うるさい!だから何だ!俺は神になったんだ!こんなところで俺は終わらない!!」






 ジャスティスは俺の手ごと剣の柄を握りしめる。


 すると俺の手とジャスティスの手が癒着する。




「ひとつになるのです。そうすれば剣はそれに答えてくれます」




 …分かった……






 そう答えると剣が様々な色の輝きを見せる。虹色が溢れ出している。






「馬鹿な…こちらの方がより強く融合しているはず!」




「なのになんだその力は!!輝きは!!」




 剣を掴んでいた神の手が炭化したように黒ずんでぼろぼろと崩れていく。




「…これは俺たちの……」








「正義だ」








 剣がするりと神の首に突き刺さる。断末魔はなかった。






 そして神は一瞬で跡形もなく消滅した。










「終わったのか……」




『ええ…終わりました……』




 ジャスティスは宙に浮く俺の体の中にどんどん融け込んでいく。青空の広がるその空間には二人しかいなかった。






『皆…マサヨシ様のもとに還ったのです……私も…今から還ります………』




「そうか…」




 貴方にはまだチャンスが出来たはずです…私たちに認められたのですから…






「…聞きたいことがある」




 なんでしょう。




「あれは俺の世界だったんなら何で俺が生まれる以前の歴史があるんだ?明らかに数十年じゃそこまで木とかも大きくならないだろ」




 確かに貴方の世界ですが、貴方だけの世界ではないのです。貴方に自分の世界があったように他の人にも自分の世界があります。そして他人の世界と自分の世界が重なり合う所が無数にあるのです。




「重なっている…?」




 そうです。それは時空を超えて干渉し合っている。貴方の世界は過去に生きていた人物の世界と繋がっているかもしれませんし、未来で生まれる予定の人物の世界とも繋がっているかもしれません。もしかしたら異次元世界の人物の世界とも接触しているかもしれませんよ。




「まさか、何言ってるんだよ」




 重なり合っているからこそ人間は過去を想い、未来を夢見て、仮想の世界を考えることが出来るのです。




「…わかったよ。いい話を聞けた」




 それではマサヨシ様……




「ああ」




 これからもよろしくお願いします








 こうして俺の3時間とちょっとの延長時間は終わった。














_____________










「いてて…」




 俺は頭をさすりながら起き上がる。首にはマイカー線がぐるぐると巻かれている。天井に取り付けたはずのフックが足元に転がっていた。


 天井を見上げると大きな穴が空いていた。途中で俺の体重に耐え切れなかったらしい。




「あーあ、こりぁ弁償かな~」




 机の上の置時計を見る。短針は3を、長針は2と3の間くらいを示していた。正午ちょうどに首を吊ったから約3時間気を失っていたのか。




「何しよう……」




 ベットに目を向ける。




 その上の乱雑に漫画本が数冊転がっている中に小さめのビニールパックに入った錠剤が目に入る。




「はぁ…」




 鉄球のついた鎖を何本も巻かれたように重い体を這わせ、ベットの上に手を伸ばす。








「ほんと馬鹿だよな、俺って」














 首を吊る直前に読んでいた漫画本を手に取り、寝そべって読み始めた。
























 








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