最後の番人
男はすでに人の形をしていなかった。全長20メートルほどの大蜘蛛のようだ。彼の体は無数の肉管の束になっており、常に一つ一つが胎動してる。
トータルさんは体を変幻自在に変形させ、大蜘蛛を攻撃している。
カッターのような鋭い突起を生やしたこと思えば、大蜘蛛の足を数本まとめて切り落とす。大蜘蛛はバランスを崩す。さらにしなる鞭のような触手を出し、蜘蛛の胴体を素早く縛り、そのまま締め付ける。ブチブチと震える肉管が何本かちぎれていく。やがて完全に蜘蛛の胴体を二つに切断する。
辺りに肉管が盛大にぶちまけられる。俺たちの方にも管が一本飛んできて、トータルさんが張ったドーム状のバリアの上にべちゃりと落下する。
「うっ…」
その瞬間、先ほどから喉のあたりで渦巻いていた吐き気が一気に放出された。しかし幸いにも胃は空っぽだったためブツを吐き出すことはなかった。
大蜘蛛の肉管は一本の太さが40センチはあり、黒い粘液を纏っている。粘液の下は綺麗なピンク色でトータルさんにちぎられた後も踏みつけられたミミズのようにしばらくのたうち回っていた。
そんなものが目の前で大量に蠢いていたら、気持ち悪くならないはずがない。しかし、ジャスティスは平然と闘いの様子を眺めている。ソードに至ってはジャスティスの肩に寄りかかり、いつの間にか熟睡している。
「魔術師っていうもんだからもっとこう…杖とかもって呪文を唱えるもんだと思ったんだが」
「杖は発動補助の魔法具の一つに過ぎないですからね。一昔前はよく使われていたようですが今はもっと便利な魔法具があるのです」
「トータルさんは魔法具とやらを使っているように見えないが。というか魔法自体も使っている様子も…」
「目視はできませんがトータル様はすでにこの戦いから204種類の魔法を使っています。魔法の発動回数は1283回にも及びます」
「…な、なんだよそれ…ていうかお前もよく数えられるな」
「私はただ解析魔法を使っているだけです。それより驚嘆すべきはトータル様はいくつもの魔法を効率的に組み合わせて使っています。魔力が絶対のこの世界ですが魔法をいつ、どのように使うかによって魔力量の差を埋めることが出来るのです」
「例えばトータルさんはどんな魔法を使っているんだ」
「そうですね…毒魔法を中心に組み合わせてこのホールいったいに融胞結界をつくり出しています。私たちがバリアの外に出たら一瞬でドロドロに溶けるでしょう」
「そりゃ、ヤバすぎだろ…でもなんであの大蜘蛛は無事なんだ?」
「番人も影響を受けています。体が完全に癒着できていません」
俺がジャスティスと話している間にトータルさんはちぎれた胴体の一方を生やした触手で肉管の束を器用に剥がしていく。
やがて肉管から埋もれていた男の姿が見えてくる。するとトータルさんの触手の動きが一瞬止まる。さすがに思うところがあるのだろう。
だがやがてトータルさんは触手の先端を剣のように尖らせて、彼の首を衝く。
「やった!」
「まだです。番人は万が一のためにコアが二つあります」
頭の落ちた彼の首から決壊したダムのように黒い粘液が大量にあふれ出てくる。
「なんなんだよ…あの黒いの……」
「魔力濃度が高すぎると物質は黒く変色します。特に水は変色しやすいのです」
もしかして、だからトータルさんは真っ黒なのか。
彼の首から粘液と一緒に一本の肉管が飛び出す。それの表面は鮮やかな赤色であり、ギラギラと光沢がある。その先端が口を開けたように開く。その口の中から4本の昆虫のような外殻に覆われた細長い脚が一気に生えてくる。その脚が肉管を支える。先ほどよりは小さくなったがそれでも体長5メートルはくだらない。
さらに肉管から上側に一直線に沿って小さな突起が次々と生えてくる。よく見ると突起の先端に人の目のようなものがついている。
その奇妙な生物は突起の一つを光らせる。するとその光はビームとなり、トータルさんに向かっていく。いや、正確には向かっていく様子など見えなかったのだが。
トータルさんが透明の魔法壁でビームを防いでいたのだ。そのビームは透明な壁を沿って分散し、天井、壁、観客席などを破壊している。
さらに生物は突起をすべて光らせ、無数のビームを放つ。トータルさんの姿がビームで覆われる。
バキィィィィィィン!!
何かが割れた音がした。
やがてその生物はビームの放出を止める。ビームによって壁が貫通し、城の外の様子が見えていた。
「こんなに強いのぉ?ちょっと舐めてたよ」
トータルさんがその場に浮かんでいた。しかし、ところどころ欠けていて、心なしか全体的に灰色っぽくなっていた。
「危険だけど…あれをやるしかないねっ」
残り35分29秒
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