くっつく 後編
「ライト~はやく~」
「ちょっと待って、おいてくなよ」
トータルが狩りについていきたいというので連れてきた。しかし、運動神経のいい彼女は方角を教えるや否やすぐにとんでいってしまう。
彼女の言語習得能力は異常な速度で、数ヶ月で普通に会話ができるようになった。そして彼女はとても無邪気で活発な女の子だった。
そしてその日の夕方、先生と僕とトータルで夕食をとっていた。トータルは魔力だけで動いているので魔法石をぼりぼりとかみ砕いて食べている。相変わらずとてつもない顎の力だ。
「すごいよライトっ、あんなに大きい鹿仕留めちゃうなんて」
「運が良かっただけだよ」
「ねえ、ポージもできるの?」
「俺はエルフだから出来なくていーの」
「なんで?」
「そりゃ、エルフは肉が嫌いだからな。例えば灰鹿は木の皮を食うけど、人間とかは食べれないだろ」
「…ふーん」
トータルは一応納得したような返事をする。
「じゃあさ、私は食べられるの?お肉」
「駄目だな」
「いいじゃんちょっとくらい」
トータルは僕の皿の干し肉に手を伸ばす。
「駄目だ!」
先生が大声で怒鳴る。トータルはたじろぎ手を引っ込める。
「…お前はまだ完成間もないんだ。何かあったらどうする」
トータルがそれを聞くと落ち込んだ顔を見せる。
「わかったよ、ごめん…」
先生はあれから新しい実験をしなくなった。代わりにトータルの管理にあの性格からは考えられないほど気を使っていた。トータルはまだこの村のはずれから出たことがない。
先生の人柄はあまり変わっていないが、時々思いつめたような顔をする。何か気がかりがあるのだろうか。
その日の夜、トータルが寝ている僕を起こしてきた。
「ライト、ライト」
「…ん、なんだよ…」
「これ…どうしよう……」
彼女の額から黒い突起のようなものがめり出ている。
まさか…コアがはみ出しているのか…?
「さっき、こっそり干し肉食べちゃったら…おでこが変なふうになって…」
僕は震える彼女の肩を掴む。
「痛くはない?」
「…うん」
「じゃあ、とにかく先生に…」
その時、突起がずるずると額に沈んで額が何事もなかったようになる。
「戻った…」
「……」
「…トータル」
「うん…」
「このことは先生には言わないから、早くベットに戻りな」
「え……いいの…?」
「ああ、言わないよ」
そう言うとトータルはとぼとぼベットに戻っていった。好奇心旺盛な彼女だがこれで懲りただろう。
それにしてもコアがはみ出すとはどういうことだろうか。僕はこんなこと知らない。もしかしたら先生は何か知っているのか。だからさっきはあんな剣幕で叱った。
僕に教えないということは何か思うところがあるはずだ。一体なんだろう。
その疑問は意外にもすぐに解消された。
数日後、先生と二人で街に出かけていた。トータルは留守番だ。
「お前に言っていなかったことがある」
「え、なんでしょうか」
街を歩いている時、こう切り出された。
「トータルは失敗作だ」
「…失敗作?」
「ああ、生物としての循環ができていない。いくら生体接力が強いとはいえ、そもそも無機物をコアにするのが無理があったのだ」
「どういった異常があるのですか?」
おそらくコアがはみ出してしまう現象のことだろう。しかし先生の答えは予想できなかったものだった。
「『愛』を正常に受けつけることが出来ていない」
「愛…?なに言ってるんですか…?」
「接合されたものをコアにそのまま取り込んでしまう。永遠に取り出すことが出来なくなるんだ」
それがどういう問題になるんだろうか。完全な人間ではないにしろ、彼女は自分で考え、行動が出来ている。
「それがまずいんだ。危険すぎる。人間も取り込まれる可能性があるんだぞ」
「あの、接合って食事をとるということですか。だったら別に問題は…」
「接合とは食事のことじゃない、もっと『愛』が顕著にあらわれる営みがあるだろ」
「そ、それって…まさか……」
思わず顔を赤らめる。トータルのそういう姿を想像してしまった。
「お前は特に気をつけろよ」
先生は冗談めかしたように笑った。
そして冗談にならなかった。
その日の真夜中にトータルが僕のベットに潜り込んできた。
「…な、なにしてんだよ!」
「ごめんね…ライト……」
トータルが足を絡ましてくる。熱い肌の感覚がはっきりと伝わってくる。
「私一つになりたい」
僕は抗うことが出来なかった。
こうして僕はトータルになった。
トータルの姿はいつの間にかコアが全身からはみ出し、一本の黒い棒になった。
その後、魔法で何とか自立し、移動することが出来た。
(人格、ごちゃまぜになってるな~)
落ち着いたトータルはそれをすぐに自覚することが出来た。
(…先生には…見せられないな…きっとウチは先生にとって初めて成果が出た実験体。失望させるわけにはいかない…)
それからトータルは村を出て旅に出た。最初は人々にその姿を驚かれたが、とある村の優秀な魔術師はトータルを受け入れ、皆に丁寧に紹介してくれた。トータルは高名な魔術師のもとを訪ねてまわり教えを乞うことをし、魔法をみるみる上達させた。積極的に魔法で人助けをしたこともあり、いつしかトータルは誰もが知る黒い柱の魔術師として誰にでも知られるようになった。
さらにダインの悲劇の犯人を捕まえたことがトータルの人気を決定づけるものとなった。
そして、黒柱になってから何十年か過ぎたある日、魔石発掘のため峡谷を移動していると、とある少女に出会った。彼女は小川でワイバーンの身体を洗っていた。傍らには大きい荷物が置いてある。
「お嬢ちゃん、こんなところで何してるの~…って、これはこれは失礼しましたー。最近噂の最年少騎士長様じゃないですかぁ」
「初にお目にかかります。トータル様。ログ王国騎士長ジャスティスでございます」
「そんなに堅苦しくなくていいよぉ、ウチも気軽にジャスティスちゃんって呼ぶからさ」
ジャスティスはとある任務でここに来ていると説明する。詳細は教えてくれなかった。
「トータル様、聞きたいことがあるのですがよろしいですか?」
「ん~?なにぃ~?」
「どうしてアルティメット・ランキング被告の死刑に反対したのですか?」
ダインでの事件の後、異例の速さで被告の参加なしに裁判が行われた。初審は死刑だったが、トータルがこれに反対の意を示した。この時トータルは国王から絶大な信頼を得ていて、トータルの意見はそのまま国王の意見になった。王政中心のログ王国では国王の意見は大きな力があった。
「あれは人の力で殺せないよ。もし下手に刺激して暴れさせてしまったら、たまったもんじゃない。ウチは陛下にそう伝えただけさ」
「てっきり被告に情がわいていたかと思っていましたが」
「…あははっ、面白いこと言うね。でもそれもちょっぴりある。ウチはみんなが幸せに暮らすのが何よりと思っているけど、彼女の将来に興味があったのも事実。楽しみなんだよ。彼女はきっと未来の新しい可能性になる」
「それが本心ですか?」
「うん、何か気になることがあるかい?」
「いえ、特に…」
しばらくして二人は別れた。しかし、どうして騎士長様が山奥で一人で来たんだろうか。そう疑問に思ったトータルはジャスティスについて調べることにした。
彼女は七歳にして国立学校の高等クラスに入学。九歳で軍に入り、その後すぐに騎士長となる。そして、最近国王直々の命で一人で動くことが多いという。
トータルはすぐに国王に会い、事情をうかがった。
「お聞かせ願えませんか、国王陛下」
「むう…、誰にも言うなと言われたが、トータルならば信用できよう」
国王はジャスティスが神様であったこと、このままではもうすぐ世界が滅んでしまうことを話した。
「陛下はそのような話を信じておられるのですか」
「馬鹿馬鹿しいと思うがな…彼女の言葉には妙に説得力があるのだ」
「…確かにわたくしも一度お会いした時、不思議な気配を感じておりましたが…」
その時、王の間の扉が開く。
「それこそが私が神であった証拠です」
「ジャスティス!」
「陛下。これはどういうことでしょうか。いかなる者にも話してはいけないとあれほど…」
「そ、それは……」
「まあいいでしょう。トータル様はどのみち計画に参加してもらう予定でしたから」
ジャスティスは王に仕える騎士とは思えないほどの態度で玉座に歩み寄る。そして、トータルの横まで来て言う。
「トータル様、世界を救うのです」
残り98時間22分54秒
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