光が重なる時
振り返ったカオルの顔はとんでもないマヌケずらだった。一方俺たちは「待たせたな」とでも言いたげなドヤ顔でへたり込むカオルを見下ろす。
「説明は後です。貴方はソードであのドラゴンを斬ってください」
ジャスティスがカオルにせかすように言う。
「………はい」
カオルはそう返しただけだった。そのカオルの表情は柔らかな笑みを見せている。カオルは立ち上がり、ソードに手をかざす。
「ほんとにいいのね?あんたにとって私は挫折の象徴よ」
ソードは先ほどのテンションを一気にクールダウンし、カオルに問いかける。
「いいんだ」
またもやカオルはそう頷くだけだった。
直後、ソードの体が一気に圧縮する。そしてソードは純白の片手剣の形に出来上がる。なんだか不思議な感覚だ。初めて見るものなのにむしろその剣がソードのイメージに当てはまるように思える。
カオルはソードの柄を握り、天に浮かぶドラゴンを見据える。
その瞬間カオルと剣の姿がパっと消えた。
「なんだっ!?どこいったんだ!?」
「『ソード』とは選択の剣。物理的な斬撃を超越し、概念として対象を切り裂くのです」
ジャスティスが何やら解説のようなことを言い始めるが、全く訳が分からない。もう少し現代人にも分かりやすくいってほしいものだ。
「…要は姿が消えたのはターゲットをロックオンする時に起きるラグです」
横文字を多めに使えという意味ではないのだが…とにかく異常事態じゃないことは分かった。
「よっしゃー!ソードちゃんの斬撃はわたしも見るのはまだ3回目だよっ。メチャクチャ綺麗だから見逃さないようにね~」
トータルさんが横ではしゃいでいる。大魔術師様がそんなに言うなら見ておくべきだ。俺はドラゴンを目の凝らして眺める。
ドラゴンがさらに声にならないような咆哮を轟かせながら肥大化していく。そして全身から肉片がぼろぼろと剥がれ落ち、金色のそれらは綿毛よりも数倍遅くゆっくりと飛来して見渡す限りに漂う。
剥がれ落ちて現れたドラゴンの肉体はまたしても金色に輝いており、獲物に飢えた野生動物のようにやせ細っている。そして赤く輝く眼が開いていた。
…セントウはどういう思いでこのドラゴンを見ているのだろうか。自分たちの信仰の対象が今から消える。そうしたら今までドラゴンの巫女というおかげで守られてきたセントウはこれから一人で生きていかなきゃならない。俺はセントウに偉そうなことを言って俺たちに協力させたが、この先のことなんて全く考えていなかった。
セントウの方をちらりと見る。セントウは見とれるように目を真ん丸に開け、ドラゴンを凝視していた。
どうやら先のことなんて考えていないのは俺だけじゃないようだ。
俺とセントウだけじゃない。ここにいる奴らはただソードの斬撃を待ち望むかのようにドラゴンをただじっと眺めている。やはりここには馬鹿しかいないんだな。なんだか不思議と安心するぜ。
「……あ」
セントウが何かに気づいたように声をあげようとしたその時、ドラゴンの体に真っ白な一本の光線が現れる。
比喩ではなく、本当に時間が止まったようだった。
意識はあるのに自分の体は全く動かない。その光線はさらに光を強く放出しながらゆっくりとドラゴンの身体に食い込んでいく。
ドラゴンは全く反応しない。いや、出来ないのか。
もしかして俺は超スローモーションの世界を見ている?だとすると今俺は光速というものをこの目でじっくりと見ていることになる。
言葉にできない感動が押し寄せてきた。これが光の速度…誰にも追いつけない輝き…
やがて光線は完全にドラゴンを真っ二つにする。その瞬間まばたきができるようになり、金色の空が一気に割れる。
時が元に戻ったようだ。
ゴオォォォォォォ……
雷のような轟音が後から響いてくる。
「ね、すごかったでしょっ」
「はい!メチャクチャ感動しました!!」
興奮が全く冷めない。だがジャスティスは冷めた様子でトータルに話しかける。
「では『無量の地』に向かいましょう。入り口までお願いします」
「お、おいカオルはどうすんだよ。それにソードも」
「私はここにいるわよ、それにカオルも簡単にくたばる奴じゃないわ」
気が付けばソードがけろりとした様子で後ろに立っていた。
「いや~、久しぶりに叩き斬ったわ~。やっぱり気持ちのいいものね」
「まあ怪我も治しておいたし、カオル君なら大丈夫でしょー」
「そうです。彼を信じましょう。それにしても、予定は狂いましたが、いい仕事をしてくれました」
予定が狂った…別にソードを使えるのはカオルだけじゃない。さっきの役割は俺でもよかったはずだ。でもジャスティスはソードにそれを許さなかった。それでソードはカオルに使われることを承諾した。つまり俺にはまだこの先、特殊な役割が待っているってことだ。
それにしてもあの時のジャスティスとソードのやり取りはなんだか変だった。ジャスティスは目つきを微妙に鋭くして話し、ソードはにまにまと笑顔をつくって聞いていた。まるで駄々をこねる小さい妹をからかう姉のようだった。
しかし相変わらず俺への態度は変わっていない。セントウを連れて合流し、別れた後の経緯を説明したときも別に驚きもせず「そうですか。わかりました」とそっけなく返されただけだった。別に謝ったり、謝られたりしてほしかったわけじゃないが、女の子を抱えて飛翔してきた俺にもう少し動揺してほしかった。
「何しているんですか、早く乗ってください」
皆はすでに円盤状に変形したトータルさんに乗っていた。
「一刻も早く魔王城に行かなければなりません」
残り58分21秒
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