マヌケな勇者

 ドラゴンとの戦いから、どのくらいの時が過ぎたのだろうか。ドラゴンの身体を斬りつけては剣が折れ、ドラゴンの攻撃を防いでは血が飛び散る。辺りは血の海で足元が浸かり、剣の残骸が沈んでいる。




 足りない。決着をつけれる圧倒的な一撃が。僕の魔力量は半端ではないことは分かっているが、僕の魔法は完全独学で趣味みたいなものだ。この状況を打破する魔法を僕は身に着けていない。




 そして剣の残り本数も限り少ない。




 そうこう考えているうちにドラゴンの大剣が顔面に迫る。それを3本分の血の結界壁でやっと防ぎきる。




 残り17本…




 こうなったら全部出し尽くしてやる。




 17本の剣を体の周りに浮遊させる。




「はああぁぁぁ!!」




 一本の剣をドラゴンの鱗が剥がれている脇腹に突き刺す。




「まだだ!!」




 さらにもう一本、左腕の関節部を裂く。鱗とわずかな肉片が飛び散る。




 腕に力が入らなくなったドラゴンは一瞬たじろぎ、その隙に鱗の剥がれた個所に剣を次々と突き刺していく。




 やがて最後の一本をドラゴンの左胸に突き刺す。




「ィィィィィィィィ!!!」




 ドラゴンは悲鳴をあげて、体がゆっくりと後ろに傾いていき、そのまま血の海に沈む。






「ハァ…ハァ…」




 息を切らし、ほっとしたのも束の間。ドラゴンの身体がもぞもぞと蠢き始める。






 ドラゴンの身体中から黒い粘液が分泌されていく。さらに腹がぐばりと一気に開かれる。腹を開いたのは金色に輝く腕。




 腹から出てきたモノは直視することが出来なかった。それはあまりにも強い光を放っていた。




 まさか…脱皮したのか……?




 それは翼を広げる。見えないがその圧倒的な存在感はそれが何をしているのかさえも鮮明に感じ取ることが出来た。




 …まだ魔力は残っている。残りの魔力全て使った渾身の一撃を決めるしかない。




 足を大股に開き、右の拳をかまえる。その拳にありったけの魔力を注ぐ。するとその拳がドラゴンと負けないくらいの青白い光を放ち始めた。


 地面を踏み込み、ドラゴンに飛び掛かる。踏み込んだ足元は衝撃で吹き飛ぶ。






 その瞬間ドラゴンの身体から出た一本の光線が僕の胸を貫く。




「なっ…」




 光線は何本にも分散し、周りの空間を破壊する。


 ガラスの割れたような音がする。辺りを見渡すと外の荒野に出ていた。




 結界を自ら破った?僕がドラゴンに刺激を与え、力を増幅させてしまったのだろう。このままでは魔王が世界を滅ぼす前にドラゴンが世界を破壊しつくしてしまう。




 黄金に光り輝くドラゴンはさらに翼を広げる。とてつもないスピードで広がっていき、空がドラゴンの翼で覆われ、金色の空となる。




 考えろ。まだ手はあるはずだ。僕は血があふれ出る胸を押さえて顔を歪ませる。


 そうだ、本当に剣はもうないのか?ソードがいるじゃないか。彼女ならきっと…。




 …いや駄目だ。僕にはもう彼女は扱えない。彼女は僕を失望した目でみていた。彼女には顔なじみのようにふるまったが、明らかに封印空間の剣とは違う態度だった。


 当たり前かもしれない。魔王と戦った時、ソードを使っていたとすれば、責務を果たせなかった僕をどのように思っただろう。




 出血で視界がかすんでいく。もう魔力も残っていないので治療のしようもない。




 僕はここで終わりか。二度目の人生を歩んでも自分の子供の望みもかなえられなかった。記憶を消して人格が変わっても人の本質は変わらないんだな…。






「なにぼーっとしてんのよ。らしくないじゃない!」




 ソードの声が後ろから聞こえる。馬鹿な。こんなところにいるはずがない。なぜかパっと目が開けた。そして、胸の出血が止まっている。




「あんた、記憶なくなったんだってね。ジャスティスから聞いたわ。…あんたが魔王を殺せなかった理由を教えてあげる。魔王が可哀そうって言って見逃したのよ。あの時は驚いたわ。だってこれまであんたは数えきれないほどの魔物を斬ってきて時には人を殺したのよ」




 後ろを振り返る。そこにはソード、トータル、セントウ、マサヨシ、そしてジャスティス様がいた。




「私は永遠に許さないわ」




 なんでここに……




「でも、今はそんなことどうでもいい。あなたにもう一度私を握る権利をあげる」




 どうして…僕は君を裏切った…




「あの怪物を見てワクワクせずにはいられないじゃない!!」




 ソードは天に浮くドラゴンを大げさに指さす。






 残り59分44秒


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