幸せは何物にも比例しない 前編

僕の最初の記憶は心地良い風の吹く草原の光景だった。


 そこには木造の一軒家がポツンと建っていた。




 家の扉を開けると、赤ん坊が入った揺り籠が床に無造作に置いてある。その赤ん坊は泣くこともせず、ただじっと僕をみつめていた。






 それがジャスティスとの出会いだった。






 僕はそこで赤ん坊を育てながら住むことにした。記憶はないが、この世界の常識は何故か頭に入っていた。家の本棚には大量の紙幣が積まれていており、仰天したが、おかげで生活に困ることはなかった。




 また僕は自分がどんな魔法が使えるか研究してみた。


 基礎的な魔法に挑戦してみると、あっさりと使え、さらにほぼ全ての属性の魔法を使えることが出来た。




 ある日、召喚魔法を使おうとする。召喚魔法とは実体のない圧縮された情報集合体を魔法陣という触媒によって、現実世界に呼び起こす魔法だ。これと対するのが封印魔法である。また封印し、召喚するための容量は人それぞれ大小の差がある。




 自分の容量を調べてみるとすでに封印しているものが無数にあった。試しにその一つを召喚してみると、それは服を着てない少女だった。




「うわ!誰!?」


「はぁ?私の顔忘れたぁ?寝ぼけてんじゃねーよ」




 僕は記憶がないことを説明する。




「呆れた。私たちに何も言わないなんて」


「君は一体何者なんだ」


「剣よ」


「え?」




 少女はため息をつきながらも、いろいろと説明してくれた。彼女は主人を明確に認識する魔法剣であること。昔の自分によって人格を植え付けられ、人の体を与えられたこと。そしてそういった存在を何体も作り出し、封印していたこと。




「用がないなら呼ばないでよね。今みんなとお茶してたんだから」




 僕は彼女を封印し戻す。自分は何者なんだろうかと一層考えさせられる出来事だった。






 赤ん坊が2歳になるころだった。食事の準備をしている時。




「話したいことがあります。こちらに来てくれませんか」




 赤ん坊が流暢に言葉を発し始めた。僕は体が硬直した。




「え…な、なんだ…?」


「私は神の生まれ変わりです。話を聞いてくれませんか?」




 そして淡々と説明し始める。自分は何者だったかすぐに教えてくれた。




「貴方は勇者であり異世界人でした。しかし魔王討伐に失敗し、追放されました」


「追放?」


「ええ、今のあなたの容姿は昔と比べて随分と違います。人々から顔をごまかすためでしょう」


「じゃ、じゃあなんで僕は記憶がないんだ?」


「わかりかねます。そのころには私はすでに人の身でしたので」


「…そうか……」


「ただ、世界中の期待を裏切ってしまった記憶は耐えがたいものでしょうね」


「記憶を失ってよかったと?」


「それはあなたが決めることでしょう」




 僕は少し棘のある言い方をしたが、あっさりと返される。




「…名前とかはあるの?」


「………ジャスティスです」




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