変動するケモノ
死とは何だろう。
心臓が止まること?
息が止まること?
二度と目が開かなくなること?
「違う」
と思う。たぶん誰も知らない。死んだことのある人とは話せないから。
じゃあ不死とは何だろう。
心臓が止まらないこと?
息が止まらないこと?
永遠に眠ることがないこと?
「違う」
これははっきり言える。さっきまでソレを見ていた。心臓も肺も潰せる。魔法で半永久的に眠らせることもできるだろう。
アストラエル。伝記にも載っている有名な堕天使。最上級天使であったにもかかわらず、魂を魔王に捧げて闇に塗り替えてもらった天界の裏切り者。
彼は殺せない。これまで何とか殺そうと努力したが、それは無駄だった。認める。
けれどこのままジャスティスさんと私の覚悟は無駄にするわけにはいかない。
私の左腕が動く。
胸を貫かれ、心臓が破裂し、体中の血の巡りが止まる。一気に体が冷えていく。
けれども私の左腕は一直線に最短距離でアストラエルの腕に向かい、がっしりとつかむ。
しかし意識が遠のく。
「はっ!」
気が付けば周囲にけたたましい轟音が響く泥の地面に寝転がっていた。
無数の灰色の甲冑に身を包んだ兵士と魔物が戦っている。しかし奇妙なことにある所は兵士が兵士を攻撃し、またある所は魔物が魔物を攻撃している。
皆とてつもない気迫で戦っている。
『ここは楽園だ。我が望んで汝もまた望む場所』
隣にはアストラエルがいた。
『すべての者が自分のために戦う世界。生い立ちも年齢も性別も種族も関係なく、ただ自分の願いの成就のために』
自分の願い…
『戦いはその手段となるが、目的ともなりうる。自分のために自分の命を賭ける。それは純粋な魂の輝き。何とも美しい』
…でも駄目なんだよね。
『そう。我らは一人になることはできない。自分のことだけ考えることはできやしない。仮に一人になれたとしても待っているのは孤独。すぐに押しつぶされてしまう』
……
『汝も苦悩したであろう。一人になりたい、でも孤独は耐えられない。自分に冷たく接する者も優しく接する者も消え去ってほしい…いや逆だ、自分の一部になってほしかったのか』
あなたに何がわかるの。
『我と汝の魂が一時的に接触しているのだ。今、我らは価値観的記憶を共有している状態だ。汝にも我の想いを感じるだろう?』
確かに感じる。届かぬ羨望の想い。黒と黄色が交互に激しくフラッシュして目を背けたくなる感情。でも慣れ親しんだようなにおいのする感情。
はっと気づかされた。
彼と私は同じなのだ。いや、アストラエルだけじゃない、みんな誰もが悩みを抱えて生きている。
それは誰にも言えないかもしれない。
それは誰にも取り除けないかもしれない。
みんなつらいんだ。誰だって一人になりたい。でも周りに愛されたい。
けどそれが当たり前。当たり前すぎたんだ。
だから打ち明けない。私もアストラエルも誰もが自分の中の絶望に打ちひしがれている。
目の前の戦場を見る。一人の兵士が大きな魔物の死体にのしかかり、剣を掲げて雄たけびを上げている。しかし、その兵士はその後呆然とし、自分の持っていた剣を喉元に突き立てた。血飛沫が大きくはねる。
そうここは楽園なんかじゃない。現実から目を背けた私とアストラエルの妄想の世界。戦いの後は何も残らない虚ろな戦場。
確かに私は自分だけの自分でありたい。けど思い出せ。私には誰がいたかを。
「セクト」
そうだ。今の私をつくってくれた人。自分の生き方を貫いた人。
私はセクトを理解したかった。それがいつの間にか自分の快楽的な欲望へと変わっていった。
多分それが楽だったから。セクトはセクトでしかない。彼の価値観は彼だけの物で誰かに理解できるのもではない。私が彼の価値観に触れようとするたび、私の解釈はねじ曲がり、欲望という形に落とし込められた。
それでも私には常にセクトがいた。欲望という形に変わってもなお、彼への想いはそのままだ。
「…何が言いたいの?」
わかっているでしょ、白々しい。自分の口で言ってよ。
「……」
世界は矛盾に満ち溢れている。私はその一つや二つに悩まされていたにすぎない。
「…つまり」
私は大きく目を開く。顔を天に向ける。息を思いっきり吸い込む。
そうだ。私は矛盾だらけの世界で生きなきゃならないんじゃない。
矛・盾・だ・ら・け・の・世・界・で・生・き・た・い・ん・だ・。
ジャスティスさんの覚悟を受け入れられた訳がわかった気がする。私もこの世界が好きだったんだ。
「私は一人じゃない!!」
残り1時間25分19秒
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