行方
「殺してあげるよ。私は負けない」
アストラエルはしばし啞然としたが、肩を揺らして大笑いし始めた。
『素晴らしい!生命の輝きに気づいたか!そうだ!それこそが我が下界に堕ちた原因!我は彼女がうらやましかった!!』
何を言っているんだか。私はつかんでいるアストラエルの腕を引き寄せる。彼の体が私の方に傾く。
ドゴォォォォッッ!!
私は彼を殴る。彼は吹き飛ぶと思ったが、いまだ私の目の前にいた。ただし彼の胸は私の拳が貫いていた。
あの時と同じだ。なんだかよくわからないけど、体中から力があふれ出す感覚。彼の体から腕を引き抜く。
「まずは一匹」
私は跳躍し、ガルの腹に飛び込む。そのまま爪をたて、腹を掘り進める。何メートル掘っただろう。空洞にたどり着いた。ここはどこ?食道か腸のようだ。ゆっくり確認する暇もない。さっきから天地がひっくり回っている。ガルがのたうち回っているのだろう。脳にたどり着きたいが方向などわかるはずはない。やみくもに辺りを傷つけ始める。ひっかき、蹴り飛ばし、噛み千切る。
だが異変はすぐに起こった。私のお腹に激痛が走る。たまらずのたうち回る。
「痛い痛い痛い痛い痛い!!痛いよぉ…誰が…」
『何を言っている。汝が自分の腹に爪をたてたのだ』
「嘘だ!私が裂いたのはお前の腹だ!」
気が付けば、目の前に一匹の狼がいた。狼は私に問う。
『苦しみから解放されたいか?』
「されたい…ごめんなさい…謝るから…」
『……』
「がぁぁぁぁぁぁ!!痛いいいいぃぃ!!ごめんなさいいいいぃぃ!!」
『……』
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
『ならば簡単だ。爪を首にたてればいい』
「は、はい」
私は首をかきむしる。体中から汗が噴き出し、干からびそうだ。一刻も早く楽になりたい。首に血がにじんでいく。狼はこちらをずっと見つめている。
やがて体の大事な血管を傷つけたのだろうか。首から一気に血が噴き出る。
意識が落ちていく。
はずだった。
『な…なぜ生きている…』
私は首から血を流したまま立っていた。その瞬間狼はフッと姿が消え、また天地がひっくり回る感覚がよみがえる。まだガルの体内にいるようだ。
とっさに首を触る。指の間から血が伝う感覚がある。夢じゃない。けど私は生きている。私はあの獣に勝ったんだ。だったらこんなものただの肉の塊。一気に楽にしてあげる。
再び体を掘り進める。もうどこがどこだか分からない。その時固いものに手が触れる。それをいろいろな方向から触り形を確かめる。
これは骨だ。そして体の構造が魔狼と同じならば、これは首の骨。
閃いた。この骨を外してみよう。さっきのお返しだ。私は思いっきり骨を押す。
グオオォォォォォォォォォォォォ!!
ガルの声が響き渡る。鼓膜が破れそうだ。
「外れろおぉぉぉぉぉぉ!!」
私の顔は今どんな表情だろうか。確実に名家のお嬢様の顔ではないだろう。
突然ずるりと押す感覚が変わった。外れたらしい。私は外に出ようと一直線に肉を掘っていく。やがて日の明かりが見え、そのまま脱出する。どうやら首の後ろから出てきたらしい。そして下にはガルの動かない体が横たわっていた。どくどくと体中から血を噴き出し、辺りはあっという間に血の海となる。
『二度も魂を解き放つとは!まさに奇跡!神にだって成しえない!!』
声の主はアストラエルだった。手を空に掲げ、にやにやと言い放つ。ありえないことに胸の穴が塞がっている。
『ならば始めよう、闘いを』
_________
「ジャスティス様!もう一度!もう一度やってください!」
「嫌です。私はマサヨシ様のやる気を出すためにやったのであって、あなたのためにもう一度やる義理はありません」
ジャスティスが獣耳の真似をしてから、カオルはずっとこの調子だ。ソードはガチで引いている。もはや恐怖を感じているといってもいい。今にも泣きそうだ。
(ねえマサヨシ君、二人きりで話したいんだけど)
っ!?トータルさんの声!?
(魔法で心の中に直接話しかけている。君もできるよ。心の中で念じてみて)
(あ、あー。聞こえますか?)
(オーケー聞こえるよっ)
(あの、ジャスティスにも言えない話なんですか?)
(そう、むしろジャスティスちゃんにだけは聞かれちゃまずい話)
ジャスティスが挙動不審な俺に気づく。しまった。
「どうかしましたか?」
「いやなにも…さ、さっきから武者震いが止まらないだけだ」
ジャスティスが俺の目をじっと見る。吸い込まれそうな青い目。ポーカーフェイスとはまた違う何を考えているか全くわからない目だ。
「そうですか」
残り1時間41分01秒
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