BEST PRINCIPLE
ランキング家は代々奴隷商で栄えた名家だった。アルティメットはログ王国最大の商業都市ダインに屋敷をかまえる本家の次女であった。彼女の家族の周りには常に奴隷がいた。両親も上の兄妹も親戚もみな自分の奴隷を所有していた。彼女も8歳の誕生日に父から奴隷をもらった。セクトという名の少年だった。彼はやせ細っていた。父は言った。
「今までお前は恵まれた奴隷しか見ていない。彼に接して本当の奴隷とは何なのか実感してもらいたい」
わかりましたお父様。
彼女はそれからセクトを飼うことになった。
「セクト~餌の時間だよ~」
セクトは屋敷の奴隷用宿屋に住み、アルティメットが女学校に行っている間近くの鉄工場で働いている。もちろん無償で。年に5回以上休むと容赦なく殺処分される。食事は一日二食でアルティメットが運んできてくれる。
「お嬢様…自分は魚を食べれません」
「ええ~!お肉だけじゃなくてお魚さんも食べれないの~」
「ええ、すみません。もっと早く言うべきでした」
「でもなんで食べれないの?あ!もしかして、かかんののろいってやつ?」
「いいえ、自分は肉や魚を食べても発疹はでません」
「じゃあなんで?」
「かわいそうだからです」
「かわいそう?」
「ええ、食べ物とはなにかを殺したものです。自分はそれを目にしたとき、食欲がわくより先に、心が痛んでしまいます」
「でもなんでパンとか野菜は大丈夫なの?植物も生きているんだって学校の先生が言ってた」
「これはただの自分のわがままなんです。植物は生死の認識がしずらいから、残虐な印象を受けないんですよ」
いつの間にか食事を持ってくるたび、アルティメットはセクトと話し込むようになった。
「セクトはどこの学校にいっていたの?」
「奴隷は学校にいけませんよ。自分は養育所で育ちました」
「ふ~ん」
「学校に行ってみたかったです。図鑑で見た珍しい花を研究したいですね」
「そんないいものじゃないよ学校って。みんな堅苦しいのばっか。敬語じゃないと話しちゃいけないし、話すことも洋服と宝石とのことばっかり。気取っちゃてさぁ」
「お嬢様は興味ないのですか?」
「ないわけじゃないけど、もっと他に何かあると思うんだけどね。あっそうだ、お兄ちゃんの賭け事の話はとっても面白いよ。傑作なのがね…」
やがて二か月がたった
「ねえ、あっちの本館に住まない?いちいちこっちに来るのも疲れちゃう。空いてる客室があるの。お父様も許してくれたよ」
「ありがたいのですが、遠慮させてもらいます」
「ええ~?」
「あんな豪華な屋敷に住んでいると同僚にばれたら妬まれてなにをされるかわかりません」
「そんなことでいじめられちゃうの?」
「貧しい生活は心も貧しくします。なのであちらには行けません。お父様は自分が断ることを分かっていたのでしょうね。でもお嬢様のご厚意は伝わりましたよ。ありがとうございます」
ある春の日、太陽が照ってきたころ、セクトは工場で作業をしていた。
「あ、あの~セク…管理番号114329-3はいらっしゃいますか…?」
工場の扉を開けたのはアルティメットだった。
工場の管理人が対応する。
「おい!アントル12番!お呼びだぞ!」
しばらくして、セクトを管理人が工場番号で呼ぶ。セクトはすぐに駆けつける。
「どうしたんですか。何かあったんですか」
「一緒に行ってほしいところがあるの」
アルティメットは扉の外の馬車を指さす。
「お嬢様のご命令とあらばどこへでも。しかしこんな汚れた姿では…」
「いいからいいから」
アルティメットはセクトをぐいぐいと押し馬車に乗せ、すぐに出発させる。
「セクトはいろんな名前を持っているんだね。なんかかっこいいな~そういうの」
「ハハハ…どうも…それより遠くで見てましたが人見知りはまだ直っていないみたいですね」
「うるさいな~」
2時間ほどしたら目的地に着いた。
「わぁ…」
「ここはね、親戚が持っている土地なんだ。一度セクトに見せてあげたくて」
そこには橙色の魔法花の花畑が一面に広がっていた。
「セクトってよく花のこと話していたしょ。魔法花をお目にかかってみたいって」
「うれしいです。奴隷の私には身に余る光景です…」
セクトは思わず涙をこぼす。
「セクトは奴隷じゃないよ!」
「え…?」
「セクトは私の友達だもん!」
「お嬢様…」
「うぅ…ひぐ…」
「お嬢様まで何泣いてるですか」
セクトはしゃがんで花に柔らかに触れる。
「この花はイイシャといって夜になると魔力でかすかに光るんですよ。そして花言葉は伝心です」
それから一か月後。
「セクト、具合が悪いの?」
「ええ、今日は工場を欠席しようと思います」
「ごはんちゃんと食べてないからだよ。私、セクトの食べれそうなもの持ってきてあげる」
「いけませんお嬢様。私たちは制御調理師が監督して作られた食事しか食べれません」
奴隷は決められた量、決められた食べ物しか食べてはいけないと法で定められている。人間と奴隷の地位の差を明確にするためだ。
「大丈夫です。明日にはきっとよくなりますよ」
しかし三日たっても体調は良くなるどころか悪化していった。
「ちょっと何なの!やめて!セクトをどこに連れて行くの!」
「私たちは奴隷回収員です。この奴隷を処分するよう要請が出ています。」
「まだセクトは四日しか休んでいないよ!」
「すみませんお嬢様…あの時、昼前に早退したので欠席扱いになったようです…」
「そ、そんなぁ…」
セクトの苦しそうな声にアルティメットはへたり込んでしまう。
「でもセクトは私のものだよ!勝手に持って行かないで!」
「いや、未成年が奴隷を持つことは法で禁止されている。本来の所有権は私にある」
細身の男が回収員の陰から姿を現す。
「お父様…」
「連れて行け」
「はい」
回収員はセクトの肩を持ち、引きずるように移動させる。
「今までありがとうございました。自分はお嬢様のど…友達になれて幸せです」
「せくとぉ……」
「イイシャの花言葉を忘れないでください」
そう微笑んで彼は連れていかれた。アルティメットはただ涙を流す。
「アルティメット、これが奴隷だ。生きること以外を望む者は死ぬ。だがお前はそうではない。これから自分はどうあるべきか、よく考えることだな」
その日からアルティメットは菜食生活を始めた。
セクトの言葉の意味が知りたかった。セクトの言った「かわいそう」の意味を。
アルティメットは肉も魚も大好きなケーキも食べななくなった。ぜいたくな生活で肥えた体はみるみるうちに痩せていった。母親や乳母は心配したが、父は何も言わなかった。
やがて数年がたち、その食生活にもすっかり慣れ、彼女は共学の中等部に進学した。顔が良かったので、彼女はかなりモテた。ボーイフレンドもすぐにできた。
中等部の二年目のある日。
「こういうのはまだ早いよ…」
「いいだろ、もう付き合って一年だろ。もう我慢できねえよ」
アルティメットはボーイフレンドの家に遊びに来ていたが、最近様子が変だった彼が急にアルティメットを押し倒してきた。
「ちょっ、服…、やめてっ」
「安心しろよ、やさしくするからさ」
彼がアルティメットの下着を掴んだその時、彼女の脳内に電撃が走った。
この瞬間自分は何をすればいいのか。直観なんて生易しいものではない。もっと魂の奥底のものが貫かれた気がした。
「!!…がっ…」
気づけばボーイフレンドの首を両手で絞めていた。
普段の彼女とは比べ物にならないほどの力だった。彼の体が冷たくなるまで手を離さなかった。
「これがセクトの言葉の意味…」
彼女は今までに感じたことのない快感を感じた。初めて自慰行為をした時をはるかに凌駕する心地良さ。数年ぶりの命を壊した感覚。
そして、他の生き物を憐れみ侵さないことによって、自分と同じ生き物を侵したときに自分の中の魂の振動がよりいっそう激しくなる。彼女はそう確信した。
翌日、彼の死体が発見されたが、アルティメットが疑われることはなかった。非力で温厚な少女が男の首を絞められるはずがない。誰もがそう思った。
ある時、父の部下にねだって奴隷を数体譲ってもらった。全員絞殺した。またある時は山の斜面のスラム街に出向き、親が出稼ぎに行っている家の留守番している子供を殺して回った。
アルティメットはいつも素手で殺していた。その方が命が消える瞬間が肌を通して伝わってくるようだったから。
そして、かの出来事は起こった。
「あ、あの…財布を返していただけませんか」
「はあ?言いがかりつけてんじゃねえよう、嬢ちゃん」
アルティメットは乳母と市場に買い物に来ていた。乳母が知人と話し込んでいるとき、彼女は乳母の買い物籠から財布が抜き取る知らない手が見えた。
「右のポケットを見せてください」
「ちっ、さわんな!」
その男はアルティメットの手を払いのける。
「なんてことを!大丈夫ですかお嬢様!?」
「………」
「お嬢様?」
「………」
「おい…どうしたんだよ…」
バッ!!
アルティメットは男の首を素早く両手でつかみ男の足を宙に浮かせる。
「な…ぐっ…」
「お、お嬢様…?」
「おいおいなんだ?」
「何の騒ぎだ?」
人が集まってくる。
乳母が彼女の肩に触れようとした時、アルティメットはすでに意識のない男を捨て、乳母に頭突きをかます。乳母の首がありえない角度で曲がる。
「ば…バケモンだ…」
「にげろおぉぉぉぉ!」
完全にタガが外れた。
アルティメットは逃げ惑う人々を次々と殺していった。ある者は腹をえぐられ、ある者は頭をかみ砕かれる。アルティメット自身も自分がどうしてこんな力を持っているのかわからない。だが彼女にはそんなことどうでもよかった。ただ目の前のものを壊す。最高に気持ちがいい。
警備兵も駆け付けたが無残に殺されていった。町中を駆け抜け、目についた人間は片っ端から殺していく。
やがて家族の屋敷に足を踏み入れる。母も兄妹も執事たちも声を発する間もなく殺されていく。最後に父の書斎のドアを開ける。
「…それがお前のありかたか」
返り血で真っ赤になったアルティメットを見て父はそうつぶやく。
「そうです、お父様」
アルティメットは父に歩み寄るが、父は逃げようとしなかった。そのまま父の首を掴んで潰した。
この惨劇が始まってからどのくらいたっただろうか、ログ王国最大の商業都市ダインはとっくに壊滅していたころ、アルティメットの目の前に巨大な黒棒が現れた。
「ひどいねこれっ、君がやったの?」
その黒棒は声を発した。
「…魔力は精霊の力なんかじゃない。魂の揺らめきなんだ。君は魂の暴走を抑えることができなかったんだ。むしろそれに悦びを感じてしまっている」
「人一人に秘められた魂の力は計り知れない。でも人間は他者に絶対的な心の壁を作り出し魂を抑え込んでいるの」
「君は心の壁がもろすぎた。一体誰に壊されたんだろうね」
黒棒が話し始めたころから、アルティメットの意識はぼんやりしてきた。
いつの日かセクトとお花畑に行った記憶がよみがえる。セクトの顔。イイシャという名の花。セクトはその花の花言葉を教えてくれた。
伝心
やがて意識が完全に遠のく。
それからアルティメットは国制少年院に入った。最初の半年は地下の隔離室に入れられたが、精神の安定が認められ、普通の院生たちと過ごすようになった。
数年が過ぎた。
「私にお客さん?誰でしょう」
「なんと王国の騎士長様だよ、アルちゃん知り合い?」
「いえ…」
事務員の女性は面会室にアルティメットを案内する。そこにいたのは白い長髪の幼女だった。
「アルティメット・ランキングさんですね?」
「は、はい」
「私はジャスティス・アーケルドです。よろしくお願いします」
その幼女は年相応ではない落ち着いた口調で自己紹介する。
「さっそく出発しましょう」
「え?どこへ?なんで?」
「世界を救うためです」
残り3時間30分12秒
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