エピローグ
「あ、あの……暁斗くん……」
「お、おう……」
翌日。
朝一番の教室で二人は気まずそうに視線を合わせる。
まだ登校していないのか、ケルと少年以外は誰も教室にはいなかった。
ケルは言葉を選んでいるのか、それとも気恥ずかしいのか、服を握って体をもじもじさせながら次紡ぐ言葉を探していた。
それは少年もなのか、視線を彷徨わしたまま、少年も自ら口を開こうとはしなかった。
それも当然。
二人は昨日喧嘩したばかりなのだから。
だからこそ、気まずい空気が流れるのも必然。だけど、ヒシヒシとした険悪な空気ではなかった。
「(さぁ……頑張れっ、ケル! お前ならいけるぞ!)」
「(しぃーっ! クロちゃんしぃーだよっ!)」
「(頑張ってください! 私達が傍で見守ってますよ!)」
「(セシリアちゃんもしぃーっだよぉ……!)」
そんな空気を、俺達は現在教室の窓から覗いていた。
俺達は、この前使った魔術は使わず、今回はただただ姿を残した状態で見守っている。
なにせ、セシリアは昨日俺に治癒魔術を使ってくれたので、魔力がすっからかんなのだ。昨日みたいに姿を隠せるわけがない。
「(ですが、楓さんはこの後ちゃんともう一度病院に行ってくださいね? 本当は安静にしていなくてはいけないのですから)」
「(本当だよ……。気持ちは分かるけど、クロちゃんが倒れちゃうのが一番ヤだよ?)」
「(わーってるよ……でも、悪いな。無理言っちゃってさ)」
俺は心配そうな顔を向ける二人に向かって謝罪の言葉を口にする。
現在、俺の背中と右腕には大きな包帯が巻いてある。セシリアのおかげで、出血は止めれたものの、傷を塞ぐことはできず、病院に行って針で縫ってもらった。
おかげで、本当はしばらく入院のはずなのだが、どうしてもと言って、二人に抜け出させてもらったのだ。
(……事の顛末と、ケルの今後くらいは見てやらないとな)
何せ、見守ると豪語したのだ。
それに、俺自身がケルの行く末を心配している。
だから、この瞬間はどうしても見届けたかったのだ。
アリスに肩を借りている状態から、二人の様子を覗く。
そして————
「ごめんなさいっ!」
ケルが、頭を下げた。
勇気を振り絞り、未だに小刻みに震えながらも謝罪の言葉を口にする。
「昨日はぶっちゃってごめんなさい! 嘘つきだなんて言ってごめんなさい!」
悪い事はちゃんと謝る。
それは簡単なようで難しい。
「私、助けてくれるって言った暁斗くんがどうして怒るの? って思っちゃって……嘘つきって思っちゃって……それで、酷いこと言っちゃった……」
だけど、今のケルはそれができている。
たどたどしい言葉だけれども、悪い事をした理由をしっかり口にした。
それが成長しているのだと感じさせて、不意に涙腺が緩くなってしまう。
「いや……俺の方こそ悪かったよ……。別に、お前が悪いわけじゃなかったし、みんなが勝手にやっていた事だしな……」
そして、その言葉を受けた少年は、ケルと同じように頭を下げた。
「ごめん! 俺も悪かった! ……俺はただ、周りの奴らばかりに任せていたら、お前の為にならないと思って……言っちまった————ごめん」
二人の謝罪が木霊する。
つたない会話だったかもしれないが、それでも傍から聞いていた俺にはしっかりと謝罪しているという気持ちが伝わってくる。
だからこそ、次にくる言葉はもちろん―———
「も、もしよかったら……仲直り、して欲しい」
「お、おう……俺の方からも、よろしく頼むよ」
話し合いと言えるほど内容が濃いものではなかったかもしれない。
それでも、二人は互いに喧嘩の先の仲直りを求めた。
OKを貰った、許してもらったと知った、ケルは————
「あ、ありがとっ!」
嬉しそうに、あどけない顔立ちに見合った笑みを作った。
「(よかったね……ケルちゃん……)」
「(えぇ……本当に、よかったです)」
傍から見守っていた二人も、その光景を目にして笑みを零していた。
それもそうだろう。あんなに思い悩んでいたケルが、自分の意思で解決したのだ。
家族として、それを嬉しく思わないわけがないだろう。
もちろん、それは俺とて同じである。
「(本当に、よかったな……ケル)」
何故か、頬に涙がつたってくる。
それほどまでに、俺としてもその光景が嬉しかったのだ。
「もしよかったら、今から学校案内してやろうか? 昨日はあんま見せれなかったし……」
「うんっ!」
そして、少年はまだ朝早い学校を案内すべく教室を出ていった。
それを追うかのように、ケルもその後ろをトテトテと歩いていく。
ケルの後姿が完全に消えていった。
それを見送った俺達は————
「(これなら、ケルちゃんも大丈夫そうだね……)」
「(あぁ……)」
ケルも、これならもう大丈夫そうだろう。
人間と共存していく―———それは、魔族であるケルにとっては難しい事だったかもしれない。
それでも、ケルはその足で自ら溶け込めるように踏み出していった。
……この姿は、人間も魔族も同じ生き物だと証左出来るようなものかもしれないな。
「(帰るか、俺達も)」
「(えぇ……)」
「(うんっ!)」
大切な人は、皆幸せに。
それは俺が俺である為に望んでいることだ。
それは敵対していたアリスだろうがセシリアだろうが同じ。
あちらでは与えられなかった幸せを、この世界で味わってもらいたい。それが、己が生きていた事に行ってきた責任だと思っている。
だからこそ、ケルがこの世界に幸せに暮らせるであろう一端を見れたことに、どこか満足感を覚えていた。
————種族が違おうが、敵対していただろうが関係ない。
「なぁ……アリス」
「どうしたのクロちゃん?」
「……この世界に生まれてきて、幸せか?」
宿敵であろうが、この世界で一緒に過ごしてきて、関係が大きく変わった。
それはきっと、悪いものではなく————
「うんっ! この世界に生まれて、クロちゃんに出会えて、私は幸せだよ!」
————いいものなのだろう。
それは、大切な人が幸せだと感じているからこそ、はっきりと分かるのだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※作者からのコメント
おはようございます。
楓原こうたです!
今回で、一応完結とさせていただきます!
いろいろ読者様方々には思うことはあるかもしれませんが、ここがベストな終わりだと作者は思いましたので、完結です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
またどこかで、会えることを楽しみにしております。
異世界の魔王と勇者、転生してひとつ屋根の下で一緒に暮らしています 楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】 @hiiyo1012
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