騒動は終わり
「もうっ! どうしてクロちゃんは無茶ばっかするの!? 私の方が力強かったんだし、魔法が使えるセシリアちゃんが来るまで待ってればよかったじゃん!」
「……すいません」
「アリスの言う通りですよ!? 本当に、私達が来なかったら出血多量で死んでましたよ!?」
「……はい、すいません」
夕日が沈む森の中。
地面に座って、現状苛まれる痛みに涙を流さずグッと堪えているにも関わらず、何故か俺は二人に怒られていた。
アリスは仁王立ちで俺を見下ろし、セシリアは残り少ない魔力で俺の背中と腕を一生懸命治癒魔術で癒してくれていた。
「ごめんなさい魔王様……」
「気にするな、これは名誉ある傷なんだよ」
横ではちょこんと俺と同じように座りながら俯くケルの姿。
獰猛な獣の姿ではなく、今の彼女はとても愛くるしい姿である。
————あれからケルが泣き止むまで、俺はケルの頭を撫で続けた。
その時、ケルが喧嘩した理由も聞いた。
どうやら、初めての学校にオロオロしているケルに対して、皆がよくしてくれてあらゆることを手伝ってくれていたのだが、そこをあの少年に怒られた。
ケルとしては、皆が勝手にしてくれていることなのに、どうして自分が————そういう苛立ちを起こしてしまい、口論になったらしい。
まぁ、少年の言い分もケルの言い分も分かるのだ。
皆が勝手にやったことだから、ケルが怒られるのは筋違いかもしれない。だけど、少年はケルの為を思って自分でしろと怒った。
それは、どちらも正しくてどちらも間違いなのだろう。
だからこそ、俺は————
『もう一度、その少年と話してみるといい。自分は何を思っていたのか、自分の言い分はこうなんだと』
『……うん』
『その時、ケルもちゃんとその少年の話を聞くんだぞ? 少年も、ケルの為を思ってやってくれたと思うからな』
『……頑張る』
『……それでいいよ』
————話し合う事を促した。
結局、両者のわだかまりと言うものは話し合いでしか解決しないのだ。
俺も、アリスとそうして仲良くなった節があるからな。
そうして、俺がケルに話をしているところに、タクシーを拾ってここまでやって来たアリス達が現れたのだ。
……それで、今に至る訳なのだが————
「クロちゃん、帰ったら絶対に病院だよ!? 有無を言わさず連れて行くからね!?」
「……つば付けとけば治るって言い分は通用しない?」
「通用しませんよ!? 腕に至っては骨まで見えていたのですからね!? 私の残りの魔力でどれだけ治せるか……今日、早めに切り上げていてよかったです」
「……ご苦労おかけします」
「全くです……これは貸し一つですからね」
……貸し一つかぁ。
まぁ、ぶっちゃけ治してもらってるんだから別にいいけどさ。
アドレナリンがなくなった瞬間、めちゃくちゃ痛かったもん。ケルが傍にいなかったら確実にのたうち回っていたしな。
「二人共……ごめんなさい」
俺の体を見て、ケルが申し訳なさそうに二人に頭を下げる。
アリスとセシリアには結構迷惑をかけたわけだしな、ちゃんと謝れたのはいい事だ。
「いいよ! 正直、クロちゃんが解決しちゃったみたいだから、私は何もしてないけどねぇ~!」
「私も、これと言ってお力になれていませんでしたから……それより、ケルさんが無事でよかったです」
「……ありがと」
アリスとセシリアは破顔した笑みを向ける。
それに対して、ケルは再びその瞳に薄っすらと涙を浮かべてお礼を言った。
「ケルさんが戸惑ってしまうのは分かりますが、これからは私達に相談してください―———これでも、私はケルさんの事を家族だと思っていますから」
「……家族?」
「そうそう、家族だよ! 一緒のご飯を食べて、一つ屋根の下で暮らしている————私達は人間で、種族も違うけど……それでも、家族なんだから。悩んでることや困ったことがあったら、相談して欲しいな」
「……うん」
両手に嵌まった二匹の人形を見つめながら、感慨深く呟くケル。
きっと、家族という単語にどこか思うところがあったのだろう。
(だけど、これが家族の温かさってやつだぞ……ケル)
家族というものを感じて来なかったケル。
だからこそ、その単語は彼女にとって不可思議な感情なのだろう。
だけど、これはこの世界にありふれている感情。
生まれながらにして、絶対に触れるであろう気持ち。
俺も、その感情に当てられてきたからこそ、こうして胸を張って幸せに生きていけている。
それは、アリスがいて、セシリアがいて————そして、ケルがいて。
全員がいて、初めて有する感情なのだ。
「どうだ……これが家族の————人間の温かさから生まれる優しさだぞ?」
「うん……温かいね魔王様」
そう呟いたケルの表情は笑っていて、どこか幸せそうだった。
それにつられて俺達も————自然とその顔に笑みを浮かべてしまった。
「さて、そろそろ帰るか? 俺は病院に行かなきゃならないし」
「そうですね……流石に、私も魔力が尽きてきましたし」
「そこにタクシーを待たせてあるから、それに乗っちゃおうか!」
未だに痛む傷を庇いながら、俺は立ち上がる。
そして————
「帰ろっか……ケル」
「……うんっ!」
手を差し伸べて、その手をケルは握ってくれた。
……こうして、ケルから始まった騒動は幕を閉じた。
互いに紆余曲折した部分もあっただろうが————
結果としては、ハッピーエンドではないだろうか?
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