人間は優しかった

(※ケル視点)


 分かんない……分かんない……!


 どうして、私はこんなところを走ってるんだろ?

 どうして、私はこんなにも苦しいのだろ?

 どうして……魔王様の手を拒んでしまったんだろ?


 人間は弱い。

 こうして走っているのに、誰も私を止めることはない。

 皆、通り過ぎる私を見て、「危ないよ!?」と捕まえようとするも、その手は私には届かない。


「魔王様……っ!」


 人間は弱い。

 そう、みんなから教わってきた。

 魔王様からも……教えてもらった。


 でも、今はその魔王様も弱くなってしまった。

 容姿少し違うーーーーけど、優しい性格や安心するような声は変わっていない。


 他の人間とは違う。

 私の知っている人間とは違う。


 私を見た瞬間襲ってくる人間とは違う……この世界の人は優しかった。


 勇者で、魔王様を倒したアリスお姉ちゃんも優しかった。

 聖女で、私の嫌な臭いをしていたセシリアお姉ちゃんも優しかった。


 初めて、お話したクラスのみんなも優しかった。


 だから……私は思った。

 人間は優しいのだと。私の知っている人間はここにはいないのだと。


 ……分かんないよ。

 だったら……だったらっ!


『おい、こいつ一人でやらせろよ。じゃなきゃ、何時まで経っても椎名は成長しないだろ』


 私が初めて仲良くなった人間。

 困ってる私を助けてくれた男の子。

 何時でも助けてやると言ってくれた……魔王様と同じ匂いがする存在。


 そんな男の子がそんな事を言ってきた。

 みんな分からないところを教えて、手伝ってくれている時、暁斗くんに言われちゃった。


 どうして、そんなこと言うの?

 私、悪いことしてないよ?

 助けてくれるって……言ってくれたのに……。


 人間は、優しい生き物だと思っていたのに……っ!


 しばらく走っていると、小さな森の中に辿り着いてしまった。

 ちょっと太陽が眩しいけど……懐かしい匂いがする場所。


 本当なら落ち着いたはずなのに……今は、こんなにも苦しいよ……。


 なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!


 暁斗くんはなんであんな事いったの!?

 どうして私は言い返しちゃったの!?

 私はなんでこんな気持ちにならなきゃいけないの!?


「人間なんて、どうでもいい存在だったはずなのにぃ……っ!」


 涙が……出ちゃうよぉ……。

 なんで……なんで泣いちゃうんだろ……。


 魔王様の時と同じ涙なんて……どうして、人間相手に流れちゃうの……?


「ケル……」


「嬢ちゃん……」


 らんどせると一緒についてきたアナベルとステイの声が聞こえる。

 その声は、なんか心配そうだった。


「ケル……あなたの気持ちも分かります。ですが、今回ばかりはあの少年の言ってる事が正しいですよ?」


「そうだぜ嬢ちゃん。自分でしなきゃ覚えることもできねぇからな」


 アナベルステイまで、暁斗くんの味方をするの?


「助けてくれるって言ったもん……」


「ですが、全てを手伝ってもらうのは違うかとーーーー」


「言ったもんっ!!!」


 どうしてアナベルもステイも分かってくれないの!?

 私は、分からないの!どうして、私がこんな事言ってるのかも!


 本当に……どうしたらいいの魔王様?


「私……もう疲れちゃったよ……」


「おいっ嬢ちゃん!?」


「こ、これは!?」


 どうして、私ばっかりこんな気持ちになるの?

 私はただ……魔王様に会って遊びたかっただけなのに……。


 分かんない……疲れちゃった……。


 胸が苦しい……辛いよぉ……。

 こ気持ちは嫌。


 だったら……


「……人間なんてーーーー」


「馬鹿っ!?やめろ嬢ちゃん!?」


「こんな所で、私達を使うつもりですか!?」






 タベテヤル。



 ♦♦♦



(※アナベル視点)


 不味いっ!?

 ケルが、自分で壊れかけてしまっています!?


 自我が引き摺られるのを感じる。

 意識を保っているのもやっとの状態。


「おいおいアナベェェェェェルッ!? これは止めねぇとヤバいだろ!?」


「分かっています!だから、少しでも抵抗してください!」


 ケルの腕が肥大化していく。

 可愛らしい細い腕の面影はなく、それに連なるように隠れていた耳も、尻尾も、姿を現して肥大化する。


(これは……強制的な使い魔の儀式っ!?)


 本来、使い魔は己の魔力を分け与える事で本来の姿から使い魔としての姿を変え、主に忠誠を尽くす。

 私とステイも、事実こんな体ではなくーーーー大きな首をした生き物だ。


 三体一身ーーーー右首のステイ、左首の私……そして、中首のケル。


 私達は、それぞれの自我を持って……使い魔として生きてきた。

 それが、解き放たれようとしている。


(ケル感情の揺らぎによって、契約に穴が空いてしまう!?)


 もし……ケルに何かがあった時。

 私達は己の自我を強くしーーーーケルの意識を乗っ取ることによって、その本来の姿を取り戻そうとしていた。


 その時の私達には勿論自我はない。

 故に本能ーーーー『喰らう』事を前提とし、この世のあらゆるものを喰らい尽くす。

 それが、ケルの身を守る為に必要な事。


 必要でなければーーーーしてはならない。


 だからこそ、ケルの暴走はしてはならないのです。

 私達とは逆で、今度はケルの方から私達の自我を乗っ取ろうとしている。


「踏ん張ってくださいステイ!」


「わぁーかってるわこんちくしょぉぉぉぉっ!」


 それを止めるには、私達の自我を与えてはならない。

 そして、ケルの感情を落ち着かせなければならない。


(今の私達には踏ん張ることしかできません……ですが!!!)


 こんなケルは、彼も見たくないはず。

 見守ってやる、幸せにしてくれると言ったのです。


 ならば、ならばーーーー!!!



「ケルっ!ようやく見つけたぞっ!!!」



 樹木の傍らで息を荒らしながらこちらを見据える少年の姿。



 ケルにとっての愛しい人が、この場に現れた。

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