帰ってきたケルはーーーー

 ケルが友達を連れてやって来る。

 それは大変喜ばしい事なのは確か。


 気の置けない友人、苦楽を分かち合う存在は、今後の人生に彩りを与えてくれる。

 生き物は集団でしかその生を全うできない。


 だからこそ、そんな存在が我が家に訪れると言う事に俺達は嬉しさを感じていた。


 ならば精一杯のおもてなしを。

 そう思い、俺達は先に家に戻り、ケルのお友達を迎える準備をしていたのだがーーーー


「なぁなぁ!お菓子ってケーキ用意すればいいのかアリス!?」


「やめて、ケルちゃん可哀想だよ!」


「アリス、飾りつけはこれぐらいでいいですか?」


「お誕生日会じゃないんだからそれもダメ!」


 と言う感じで、我が家では現在慌ただしかった。

 ケルの友達がやって来る為、抜かりのない準備をしようとしているのだが、如何せん初めてのものだ。


 要領という物が全く分からない。

 どうすればケルが恥をかかなくて済むのか?

 どこまで準備をすればいいのか?


 年齢=娘いない歴の俺には理解し兼ねる。

 これだったら、もう少し人間の子供の勉強をしておけばよかった。


「寿司か!?寿司を頼めばいいのか!?」


「確か、誰かを迎える時はクラッカーなるものが必要だと聞いたことがあります! それを用意すればーーーー」


「もうっ!2人とも落ち着いてよ!」


 右往左往する俺達に向かって、アリスの怒声が響き渡る。

 その所為か、俺もセシリアも肩が震えてしまった。


 ……怖ぇ。

 久しぶりにアリスのあんな声聞いたよ。


「正座!二人とも、正座して!」


「「……はい」」


 とりあえず、めったに見かけないアリスのお声にビビってしまい、俺とセシリアは大人しく床に座ることに。


「もうっ! 普通の子供たちが遊びに来るだけで大袈裟なんだよ!もっとこじんまりにいつも通りでいいの!」


「だ、だけどさ? 初めてのお友達だぜ?ここはしっかりと歓迎をだな――――」


「そんな歓迎はクソくらえなんだよ」


 oh……いつの間にこんな汚い言葉を発するようになったのか?

 今まではあんなに純粋無垢ないい子だったのになぁ……。


「いい?過度な歓迎は余計にケルちゃんを浮かせる行為なんだよ!シンプルイズベストなんだよ!」


 な、なるほど……!

 俺達が騒いでしまったら「え、ケルちゃんの家の人ってこんなに頭が悪いの?」って思われてしまうという事か。


 まさかアリスに気付かされてしまうとは……。


「そんな寿司とかケーキとか飾り付けとかクラッカーなんて馬鹿がすることなんです!」


「おい、アリスに馬鹿って言われたぞ?」


「えぇ……これは由々しき事態ですね……」


「そこ!私を馬鹿にしない!」


 だってさ?アリスに馬鹿にされたんだよ?

 そりゃ不平不満もあるよね。

 いや、まぁ可愛いけどさ?


「とにかく、派手なのはしなくていいの! 普通に迎えてあげたらいいの!」


 これではいつもと立場が逆な気がする。

 そんな事を思った俺達だが、何処と無くアリスの言っている事が正しい気がして口を閉じ

 ることにした。


「クロちゃんとセシリアちゃんがここまで親バカだとは思わなかったよぉ……」


 何故か、アリスは頭を抱えてしまった。

 ……何故だろう? 今のアリスからは多分な苦労を感じてしまう。


「だってさ?ケルって可愛くない?だから俺だってケルが幸せに生きれるようサポートをーーーー」


「それがやり過ぎなの!って言うか、クロちゃんに甘やかされるのは私だけなんだから!」


 最後のは少し違うと思う。

 どちらかと言うと早く自立して欲しいって言うのが俺の感想です。


「で、ですがアリス?ケルさんもきっと喜んでくれるにーーーー」


「ケルちゃんは喜ぶかもしれないけど、他の子達は喜ばないから!絶対に可笑しいな?って思うから!」


 セシリアの言い分が、即答で否定された。

 まさか俺達のおもてなしがここまでダメ出しを食らうとは……魔王、ショック。


「本当に、余計な事をしなくていいから!大人しくケルちゃん達をお出迎えすればーーーー」


 ピーンポン!


 アリスの発言の途中、不意に玄関のチャイムが鳴る。

 ……多分、ケルが友達を連れて帰ってきたのかな?


「……ケルが帰ってきたみたいだな」


「では、皆で最大限のおもてなしをしなくてはいけませんね」


「だからしなくていいの!」


 と言うやり取りをしつつ、俺達は腰を上げ、皆で迎えるために玄関へと向かった。


 そして、その扉を開くとーーーー


「……ただいま、魔王様」


「お、おかえり……」


 ーーーーそこには、項垂れるケルしかいなかった。


 ……あの話では、今日はケルのお友達が来ると思っていた。

 だけど、今はその友達らしき姿は見当たらない。


「ケルちゃん、今日って友達が来るんじゃなかったの?」


 俺たちの気持ちを代表して、アリスが不思議そうに尋ねる。

 すると、ケルはワンピースの裾を握りしめ、目尻に涙を浮かべた。


「……け、喧嘩しちゃった。私、喧嘩しちゃたよぉ……ま、魔王様ぁ……」





 嬉しい門出のはずが、初っ端から涙を浮かべる羽目になってしまうとは、ここにいる誰もが思わなかった。

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