見守り終了
ぶっちゃけて言えば、それからは驚くような事柄は起きなかった。
職員室で先生に挨拶し、これから共に学ぶべき生徒達が集まる教室に向かい、みんなの前で挨拶。
もちろん、ガッチガチに緊張して喋っているケルは可愛かった。
クラスの殆どが、ケルが現れた瞬間に黄色い歓声をあげていたぐらいだからな。
それで、驚く事にあの少年も同じクラスだったのだ。
故に、ケルが最大限の人見知りを発揮することなく、ムードメーカーである少年に連れられてすぐ様クラスに馴染んでいった。
だからなのか、俺達が飛び出すような事もなく着々と時間は過ぎていった。
「(ケルちゃん、上手くやれてるみたいだね……)」
昼休憩。
教室で給食を食べているその姿を、俺達は教室の隅っこで見守っていた。
「(やたらと近づくマセガキ達は気に食わないが、これなら上手く馴染んでいけるだろうな……)」
ここに来たばかりのセシリアは、俺と一緒にいるのですぐにサポートができる。
しかし、ケルに関しては俺の目が届かない場所で生活することになるのだ。
なので、ここでの日常に馴染めなかったら、この先ずっとケルは幸せな日常は送れないだろう。
(……よかったよかった)
それが、出だし一番でこうして輪に馴染めている。
だからなのか、少しばかり目頭が熱くなってしまうのは。
「(ふふっ、優しい顔……すっかり楓さんもお父さんですね)」
「(何言ってんだ。俺がお父さんならお前はお母さんだろ)」
俺と一緒でめちゃくちゃケルの事を心配していたくせに。
「(お、お母さんですか……!?)」
なんて発言をすると、セシリアは顔を真っ赤にさせた。
声も上擦っているし、きっとお母さんって言われて憤慨しているのだろう。
確かに、女の子にお母さんみたい=歳食っているなんて失礼だからな。
これは謝っておかないとーーーー
「(わ、私もお母さんがいい!)」
「(お前はそれでいいのか?)」
そんなに歳食ったように見られたいのだろうか?
女の子は年齢が増す毎にコンプレックスになるって聞いたんだけどなぁ……?
「ケルちゃんってお家どこなの?」
「今日一緒に遊ぼうよ!」
「うん!」
給食を囲う席の中、ケルは笑みを浮かべて女の子と談笑する。
その姿はとても楽しそうで、生まれて初めての友達とお喋りするのが嬉しいという気持ちがヒシヒシと伝わってくる。
「俺達も行くぜ!」
「ちょっと男子達! 今日は女の子だけで遊ぶんだから邪魔しないでよ!」
「いいじゃん別に〜!大勢の方が楽しいって!」
俺の家で遊ぶのかな?
……だったら帰りにお菓子でも買っておこう。
「みんな、お家来るの?」
ケルを囲んで予定を決めている同級生の話を聞いて、ケルが疑問を口にする。
「もしかしてダメだった?」
「ううん、魔王様にお願いしなきゃだから」
「魔王様?」
ケルの口から出た言葉に、皆は頭に疑問符を浮かべる。
「(おい、魔王様って単語を口にしちゃったぞ)」
「(そこは口止めしてなかったんだね〜)」
そりゃあ、普通の子に「魔王様」って言えば疑問が上がるに決まっている。
もしかして「この子変なの〜」なんて思われてしまったのだろうか?
不安がよぎる。
そしてーーーー
「椎名の家って魔王がいるの!?」
「すげー!会ってみたい!」
少年達が一斉に盛り上がる。
俺の不安とは他所に、どうやら少年達の間では興奮するような存在だったみたいだ。
まぁ、最近では「魔王かっこいい」って言うアニメとかもあるみたいだし、考えてみれば当然の反応なのかもしれない。
「(向こうの世界では「魔王」って単語を聞いただけで子供達が泣いてしまうのに、この世界では違うのですね……)」
「(逆に俺は、向こうの世界でそんな風に思われていたことが驚きだよ……)」
人間に害を与えてきた俺は人間にとって淘汰される存在なのは分かっている。
昔はなんとも思わなかったのに、今こうして少し傷ついてしまっているのはこの世界で人間として生を受けてしまったからだろう。
「大丈夫かな、魔王様……?」
少しだけ感慨深く耽っていると、ケルは虚空を見ながらそんな事を呟く。
「(ぶっちゃけ、俺の家は何時でも大歓迎なんだがなぁ……)」
「(まぁ、初日から家に遊びに来るだなんて思いませんでしたからね)」
「(どうするの? もしかしたらまた今度になっちゃうかもよ?)」
このままケルが考え込んでいると、次の機会になってしまう。
友達が家に遊びに来ると言うイベントーーーー仲を深めれるチャンスを逃して欲しくない。
できるだけ、ケルには負担なくこの世界で幸せになって欲しいのだ。
「(お前ら……もう、いいよな?)」
俺は二人に向かって声をかける。
すると、アリスとセシリアは軽い微笑を浮かべーーーー
「(えぇ……)」
「(もう大丈夫だと思うしね!)」
「(そうか……)」
だったら、もう躊躇することもないだろう。
俺は懐から紙とペンを取り出し、短く文字を書く。
そして、その紙をケルの元まで持っていき、みんなにバレないようにケルの膝の上に乗せる。
「(これからしっかりと楽しめよ……)」
ケルにバレてしまうが、俺は小さなその頭を撫でて、そそくさと教室から出ていった。
♦♦♦
「魔王……様?」
確かに、魔王様の声が聞こえたと思ったんだけど……。
それに、いつもの優しい手が私の頭を撫でたはず。
でも、魔王様の姿はどこにも見当たらない。
「……あれ?」
不意に、膝の上に小さな紙切れが乗っかていたことに気づく。
不思議に思ってその紙を広げるとーーーー
『友達を家に連れてこい。異論は認めん』
「ふふっ……やっぱり魔王様だぁ……」
その紙を見て、私は思わず笑ってしまう。
不遜な言葉に隠れる優しさ。
間違いなく、私の敬愛する優しい主様。
……大好きな、魔王様。
「私のお家、大丈夫だよ!」
ありがと、魔王様。
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