案内する少年

 一人校門を潜っていくケル。

 まず最初に向かうべきは職員室だ。


 果たして無事にたどり着けるのか!? ちょっとしたはじめてのおつかい気分だ。


「しょくいんしつ? ってどこなんだろ……」


 当然、初めて学校と言うものに訪れるケルは職員室の場所は分からない。

 普通であれば校舎の中にあると分かるのだが……ケルは普通じゃないからなぁ。


「(頑張れケル!)」


「(ケルさんならきっとできます!)」


「(エールを送るのはいいけど……もうちょっとボリューム下げてね?)」


 俺達も校舎の中に侵入して、物陰からひっそりと見守る。

 頑張れケル! お前なら出来る!


 と言うエールを体全体で送っていると、ケルはおずおずと辺りを見渡し、近くを歩いていた1人の少年の所へと向かっていった。


「あの……」


「ん?ーーーーッ!?」


 少年は振り向き、すぐさま顔が赤くなった。


 ケルはきっと職員室の場所を聞こうとしているのだろう。

 必死にワンピースをプルプルと握っている様は勇気を出していると言う事が伺えた。


「しょくいんしつって……どこ?」


「しょ、職員室か!?」


 ケルに話しかけられて、少年は上擦った声で再確認。


「(流石はケルだな。余りの可愛さに少年がたじろいでしまったぞ)」


「(えぇ……あの男の子は先程から視線が彷徨っていますーーーーきっと、余りの可愛さに直視できないのでしょう)」


「(……二人がなんか怖い)」


 まぁ、ケルの可愛さを持ってすれば同世代の男子が胸キュンしてしまうのも仕方ないだろう。

 あの愛くるしい顔は破壊力抜群だからな。


「も、もしかしてここに来るのは初めてか!?」


「うん……」


「そ、そうなのか……」


 会話が上手く交わせていない。

 それはケルが人見知りと言う事もあるだろうが、少年が思った以上にテンパっているのがもう一つの理由だろう。


 しかし、少年はキュっと顔を引き締め、ケルの手をとった。


「よし! 俺が案内してやるよ!」


 そう言って、少年はケルの手を引いて足早に校舎の中へと入っていく。

 それを見てーーーー


「(あいつ、ケルの手を握りやがったぞ!? こんのマセガキがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!)」


「(許せませんね……私、こう見えて遠距離からの魔術も心得ていますーーーー殺りますか?)」


「(お、落ち着いてよ二人とも!? ただ、案内してあげようとしてるだけじゃん!だからおちついてよぉぉぉぉぉぉぉっ!)」


 飛び出そうとする俺達を、必死に止めようとするアリスが何故か涙目だった。



 ♦♦♦



「ここが職員室だ!」


 校舎に入り、少年とケルは職員室と書かれたプレートのドアまでやって来た。

 道中に何回かのやり取りがあり、少年は気さくに話せるようになっていて、ケルも気さくに話しかけてくる少年と何回か話して、徐々に警戒心を解いていったのか、口数もだいぶ増えている。

 その姿を見て、俺とセシリアは唇を噛み締めていたが、ちゃんと邪魔しなかったぞ。


「ありがと、暁斗くん」


「いいってことよ!」


 ここまで見てきて分かったのだが、どうやら暁斗と名乗る少年は明るい子のようだ。

 言うなればクラスのムードメーカー。よく見ればそこそこかっこいいし、さぞかしおモテになるのだろう。……羨ましね。


「それじゃあ、俺は自分のクラスに戻るからな!」


 それだけを言い残し、少年はゆっくりと立ち去っていく。


「(ああして恩に着せないところは好印象ですね)」


「(ケルと話している時点でいただけんが、まぁ男らしいと言えばそうだろうな。ミジンコから人間へとランクアップしたぞ)」


「(二人は実況でもしてるのかな?)」


 その姿は少しだけ男らしかった。

 俺の中で少年の印象がちょびっとだけ上がる。


「あ、そうだ!」


 すると、立ち去ろうとした少年は何かを思い出したのか、勢いよく振り返った。


「俺、4年B組だから!なんか困った事があればいつでも来いよ!」


「「((ッ!?))」」


「(ほぇ〜)」


 その一言、ケルに向かって言い放つ。

 俺とセシリアは、何故か雷に打たれたような感覚に陥った。


 な、なんてキザなセリフを吐くんだ!?

 誰だよ、こんな女たらしに育てた母親は!?出てこい!これでケルが毒牙にかかったらどうしてくれるんだ!?


「うん!分かった!」


 ケルは嬉しそうに、少年に向かって手を振った。

 その姿は、本当に今を生きるような子供。

 戦場で駆け回るあの時の姿とは全く異なっていた。


「(あの男の子、かっこいいね……どこかクロちゃんと似ている感じがするよ)」


 俺の隣で、アリスが微笑ましそうな声を発する。


「(はぁ!?俺の何処があのマセガキと似てるって言うんだよ!?)」


「(困っている子を放って置けないところかな〜)」


「(いや、俺は普通に見捨てるぞ)」


 俺、魔王だし。

 人間なんかどうでもいいし。

 なんだったらドブに捨てるし。


「(助けられた私が言うんだよ? ……クロちゃん、一度もわたしを見捨てた事なかったよね?)」


「(うっ……!)」


 アリスの発言に言葉が詰まってしまう。

 いや、アリスは特別だからさ……。


「(ふふっ……確かに、楓さんとあの子は似ているかもしれませんね)」


「(セシリアまで……)」


 どうしてこいつらは俺をそんな目で見るんだよ……。

 お前らの中で、俺って冷酷無慈悲な存在じゃなかったの?




「(クロちゃんは優しいよ。誰よりも、私にとっては誰よりも優しくてかっこいい素敵な人なんだから)」

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