ケルの登校

「学校ってどんな場所なんだろうね?」


 一人、行き交う人混みの住宅街で誰に話しかけるでもなく少女が投げかける。

 もちろん、辺りには誰もいない。傍から見たら独り言のように聞こえるだろう。


 がしかし、その声は独り言なんかでは無くーーーー


「人間族の子供が沢山集まる場所だそうですよ」


「嬢ちゃんは今からそこに行くわけだな!」


 ランドセルにつけられた人形が喋る。

 ケルの使い魔である自我を持った存在ーーーーアナベルとステイだ。


「私、上手く馴染めるかなぁ……?」


 先程までの気合いの入った声とは違い、不安を感じさせるような言葉。

 主であり親代わりに慕っている俺がいなくなったからこそ、漏れた言葉なのだろう。


「(大丈夫です! ケルさんならきっと馴染めますよ!)」


「(おいコラ、あまり喋らないんじゃなかったのか?)」


 横でエールを送るセシリアを諌める。

 ……全く、ケルにバレたらどうするんだよ。


 ーーーーもちろん、ケルの傍には俺達がいる。

 傍と言うが、実際には物陰にひっそりと様子を伺っているのだが。


「大丈夫です。みんなケルの可愛さを前にして、平伏すに決まってます」


「もし、ひれ伏さなかったらこの俺がバッチリしつけてやるからよォ!」


「(しつけちゃダメだろうが!? お前らは大人しくしてろやコラァ!?)」


「(クロちゃん落ち着いて!?バレちゃうからぁ!)」


 勢い余って飛び出そうとした俺を、アリスが引き止める。


 お前らは大人しくしろよ!?

 お前らの所為でケルが変な目で見られたらどうするんだ!?ぶち殺すぞ!?


「……うん!私、頑張る! 魔王様に迷惑かけちゃダメだもん!」


 そう言って、二匹の声援を受けて拳を作るケル。

 それを見てーーーー


「(な、なんていい子なんでしょう……!)」


「(お、俺……やっぱりケルを一人にさせたくない……っ!)」


 思わず、俺とセシリアは涙ぐんでしまった。

 仕方ないよね……あんなに可愛くていい子を見ちゃったら、感涙するのも無理がないから。

 あぁ……やっぱりケルは可愛いなぁ!


「(ちょっと二人とも! そんなに声出したらバレちゃうじゃん!? ーーーーって、普段は私が諌められる側だよね!?どうして今回は逆なの!?)」



 なんて俺達のやり取りがありつつも、ケルはゆっくりと学校へと向かっていった。


 ちなみに、俺達が道中に5回ほど通行人に見られてしまったのは、きっとアリスが騒いだからだろう。



 ♦♦♦



「ここが学校……」


「魔王城よりかは小さいですが、それでも立派なお城ですね」


「おぉう! 思わず喰らいつきたくなるな!」


 しばらく歩き。

 校門前にケル達が立ち止まる。


 初めて見るその大きさに、1人と2匹の目は釘付け。

 立ち止まるケルの姿は、中に入る小学生達の注目を浴びていた。


「(やはり、ケルさんが一番可愛くありませんか? こう言っては他の子達に失礼かもしれませんが)」


「(あぁ……他の子達には申し訳ないが、確かにケルが抜きん出て可愛いな)」


「(もぅ……そんな事言わないで静かにしよーよ。本当にケルちゃんにバレちゃうよ?)」


 そして、俺達も場所に移動し現在草むらの中。

 姿が見えなくなったとは言え、体自体はこの世界にある。

 だからこそ、俺達が踏みしめる草は違和感なほど凹んでいた。


 ……まぁ、ここにいるのは小学生だけだし、気づかれないだろう。


「えーっと、魔王様は『しょくいんしつ』に行けって言ってたよね?」


「そうですね。何でもまずは教師たる人間に挨拶と今後の行動予定を確認するためだとか」


「そうなんだ……」


 まずは職員室。

 予めアリスが挨拶に行ったから、名前を言えば一発で把握してくれるはず。


 そうすれば、後は案内に従って自分のクラスに向かうだけだ。


「では、そろそろ私とステイは口を閉じることにしますね」


「じゃなきゃ、魔王様に怒られちまうからよ」


 校門に入ってしまえば、嫌でも誰かの耳には声が入ってしまう。

 だからこそ、アナベルとステイはそろそろ人形として傍にいないといけない。

 ……ちゃんと分かってくれてたんだなぁ。全然理解してくれてないと思ってた。


「うん……頑張ってみるね」


 ケルは、今日何度目になるか分からない意気込みを二匹に告げる。

 するとーーーー


「もし……」


 アナベルが、意気込むケルに向かって真面目な表情で告げる。




「ケルの身に何かあればーーーー私達は躊躇なくこの世界を『喰らい』ます。それは親しい人間ーーーー例え魔王様であろうとも、容赦は致しません」




「分かった……『約束』だもんね」


 重苦しい空気が流れる。

 その言葉に、俺もアリスもセシリアも言葉を紡ぐことは出来なかった。


「まぁ、嬢ちゃんはそんな事気にせず楽しんでこいや! 折角の世界だからな!」


 しかし、そんな空気を破ったのはステイ。

 明るいいつもの声音で、愛しい娘を送り出す。


「ありがと、ステイ」


 そして、二匹は黙りこくってしまう。

 それを確認したからなのか、ケルは本当の意味で一人で校門を潜っていった。



 ♦♦♦



「(クロちゃん……今の話は……?)」


「(楓さんまで『喰らう』と言っていたのですが……?)」


 アナベルの言葉を聞いて、二人は驚いた表情で俺に尋ねる。


「(ケルとアナベルとステイの間で交わした約束。もし、ケルの身に何かあればアナベルとステイが『使い魔』と言う枠から外れ、ケルを飲み込み『化身』になるんだ。それは無差別にーーーーケル以外の全てを喰らい尽くすか、ケルの自我が戻るまで止まらない。もちろん、その中には俺も含まれているのさ)」


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