ケルを見守ります

「魔王様、行ってきます!」


 午前8時前。

 普段のゴスロリ服とは違い、黒のワンピースに赤いランドセルを背負ったケルが覚悟を決めた表情で告げる。

 愛嬌があり、クラスで可愛い子ランキング一位になるのは間違いないだろう。

 流石は俺の娘だ!


 そして、ランドセルの横には給食袋ーーーーではなく、


「ケルの事は任せときな魔王様!」


「ケルには指一本触れさせません」


「お前ら、絶対に喋んなよ?」


 意気揚々に喋る二匹のぬいぐるみがぶら下がっている。

 なんと、アナベルとステイも同行すると言い出したのだ。

 しかし、いつものように両手に嵌める訳にはいかないので、キーホルダー……という体で連れて行くことにした。


 ……絶対に喋んなよ?

 喋ったらケルがおかしな目で見られてしまうから。


「気をつけて行ってらっしゃいケルさん」


「頑張ってねケルちゃん!」


「うん!」


 アリスとセシリアも俺と同様に玄関先で見送る。

 二人も、俺と一緒で心配なのだ。


「行ってこいケル。楽しんで来な」


「分かった!」


 そう言って、俺もケルを玄関先で見送る。

 その声に合わせて、覚悟を決めた顔つきでケルもその重たい扉を開いて外へ向かっていった。


 ーーーーさてと、


「……セシリア」


「分かっています」


 その姿を見送り、完全にケルの姿が消えると俺はセシリアに目配せをする。

 すると、セシリアは軽く頷きその白いワンピースを翻してーーーー


「我は光にあらず、我は影に生きその身を隠す者。ならば、あるべき姿をこの世から消し去るべしーーーー」


 淀みない詠唱。

 彼女が跪き、手を組んで術を唱えると足元には大きな魔法陣が。

 そして、徐々に俺達の体が薄れ始める。


(ふーん……これが隠蔽魔術ねぇ……)


 この魔術は人間族が編み出したものなのだろう。

 俺には見覚えがないし、詠唱も俺が知るものとは異なっていた。


「……ふぅ」


 やがて詠唱が終わり、セシリアが軽く息を吐いた。

 俺達の姿が消えているーーーーしかし、互いに何処にいるかが何となく把握できる。


 ……なるほど、俺達も互いに姿は見えないが、その代わり存在の位置は把握できるのか。


「これで完了ですね」


「ありがとうセシリアちゃん!」


「流石のお手前で」


 術を編んでくれたセシリアにお礼を言う。


「この魔術は姿を相手に認識させないものですが、音は聞こえてしまいます」


「って事は声も聞こえるわけだな?」


「はい。ですので、会話は最小限にーーーーそして、声量も控えめでお願いします」


「分かった!」


 と、セシリアが説明してくれたにも関わらず、アリスは元気の良い返事をする。

 ……後々が心配だなぁ。可愛いんだけどね?


「それと、この世界での私はあまり魔力がありませんーーーーですので、この魔術も持って10時間といったところです」


「それぐらいあれば下校時間まで見守れるな」


 持続時間は申し分ない。

 流石は人類を代表する聖女様だ。


「じゃあクロちゃん、早速着いて行っちゃう?」


「もちろんだ」


 私服姿の俺達はすぐさま外出の準備をする。


 一応、本日は俺達三人共風邪を引いたという設定で欠席している。

 俺とアリスは何だかんだ常習犯なので、セシリアに言伝をお願いしたら一発で信じてもらった。


 うぅむ……一応俺も成績優秀者なんだけどなぁ……。


「それじゃあ最後に確認だけするぞ」


「はい」


「いえっさー!」


 外出の準備を終え、玄関先で俺達は互いに見えない顔を突き合わせる。


「今回の目的はケルが学校に馴染めるかどうか見守るという事だ。基本的には見守る事に徹するように」


「そうですね……できるだけ自分で解決してもらわないと後々苦労しますから」


「その通り」


 俺達がここでサポートしてしまったら、後々ケルが問題を解決できない恐れがある。

 俺達も常にケルの傍にいてやれる訳では無い。


 ……大変、本当に大変心苦しいのだが! ここは唇を噛み締めて見守るしかないだろう。


「そして、さっきセシリアも言った通り、会話は最小限に大きな声は出すなーーーー特にアリス」


「どうして私なのか疑問です!」


「俺はどうして自覚がないのかが疑問です」


 今、現在進行形で声量がでかいじゃないか。

 いつもなら「可愛いなぁー、元気があってよろしい!」って思うけど、今回ばかりはダメだ。


「今回は俺達が後ろにいることはケルは知らないーーーーって言うか知られちゃならない。故に、誰にもバレてはならないのだ!」


「はい」


「分かった!」


 ケルには「一人で頑張って来い」って言ってある。

 本人は「……魔王様ぁ」と、すごい不安そうで思わず抱きしめてやったが、ここはケルの為ーーーー心を鬼にしなくちゃならない。

 ……泣きそうだったけど、頑張ってもらわなくちゃ!


「では行くぞ! 愛しい家族の為に!」


「「おー!」」



 こうして、俺達はケルを見守るべく、姿を隠した状態で玄関をくぐった。

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