心配性な三人

 ケルにとって、学校はセシリアとアリス同様生涯で初めての経験だ。

 それは前の世界に教育という概念があまり広がっていない所為であり、教育機関があった魔族領でも、入学できる人は限られてしまった。


 故に、本当は学校に通って勉強しなければならないケルも、今までその経験がなかった。


 だからこそーーーー


「すっげぇ、心配……」


「本当にね……」


「えぇ……」


 日が沈み、良い子はもう寝ないといけない時間。

 俺達は2階にあてがわれた部屋で寝ているケルの邪魔にならないように、薄い明かりをつけたリビングでひっそりと話し合っていた。


 それぞれが深刻な顔をし、事の重大さを感じつつある。


「さて……何だかんだ時間が過ぎてしまい、明日はいよいよケルが小学校に通い始めるんだが……」


 そう、時は過ぎて明日は月曜日。

 最速最短で入学手続きを済ませた母さんのおかげで、明日からケルが小学校に通うことになった。

 学年は4年生。ケルの年齢からしたら妥当なところではある。


 ここまで早く手続きを済ませた敏腕の母親に頭が上がらない。

 母さんのおかげで交代で学校を休んでケルの面倒を見ていた俺達も、これで明日からはちゃんと学校に通える。


 これにて安心安心ーーーーとはならず。


「アリス、あの小学校はケルでも馴染めそうか……?」


「大丈夫だと思う。昨日学校の先生に話に行ったんだけど、皆気さくでいい子達ばかりだって言ってた」


 皆、それぞれ真面目な顔つきで卓を囲む。

 それは、我が家に増えた愛くるしい家族の為。


「なるほど……なら、大人しいケルも馴染んでいけそうだな」


 ケルはああ見えて人見知りが激しい。

 今ではやっとこさ懐いたアリスや俺、お姉ちゃん力を見せたセシリアぐらいしか、この世界でケルが心を開く人間がいない。

 他にも商店街の人達と関わってきたのだが、皆一様に怯えて後ろに隠れてしまった。


 だから、上手くやれるか心配だったんだが……気さくな子達なら少しは心配が減る。


「入学の準備は大丈夫かセシリア?」


「えぇ……ランドセルと筆記用具、教科書に体操服など、全て入用な物は既に揃えてあります」


「流石だセシリア。入学初日に必要な物が揃っていないのは致命的だからな」


 セシリアの手際の良さに称賛を与えてしまう。

 初日に入用な物はかなりの数がある。それに、子供ならではの好みもあるから、ケルと一緒に揃えるのは中々の労力も使っただろう。

 流石はお姉さんだ。


「クロちゃんの方も大丈夫だった?」


「あぁ、最低限の教養にこの世界での事、人は食べちゃダメだと言う事をしっかりと学ばせておいた」


「最後が一番大事ですからね……」


「この世界でそんな事したら一大事だよ……」


 アリスとセシリアが苦笑いを浮かべた状態で胸を撫で下ろす。

 最初の二つはまだしも、この世界で人を食べたらあらゆる意味で大変だからなぁ……。


 ケルは向こうの世界ではよく人間を食べていた。

 飾りっけ無しで、本当に人間を食べていたんだ。


「魔王様、この人間美味しい!」って嬉々として言ってきた時は可愛かったなぁ〜。

 しかし、人間としてこの世界で生きてきた今では、きっと愛でる事無く証拠隠滅に走るだろう。

 って言うか、普通に捕まるわ。人殺しなんか絶対にさせないんだからね!


「それで、明日上手くいくと思うか? 俺は正直、ケルの泣いてしまう顔しか頭に浮かばん」


「確かに、ケルちゃんは本当に寂しがり屋だからね……。少しお買い物したくて離れただけで目に涙浮かべてたもん」


「今まで心細かったのでしょう……。私達が最愛の人を殺してしまったばかりに」


 二人がいきなり顔に影を映す。


「それはもういいだろ? お前達もしっかり謝ったんだし、今は今の事を考えようぜ」


 落ち着いてから、一応アリスとセシリアは『勇者』と『聖女』としてケルに謝った。

 戦争だから仕方の無い事だけど、彼女達の気持ちが収まらなかったらしい。


 まぁ、そのおかげでケルが初めて会った時以上に二人に懐いてしまったんだが。


「うん……」


「はい……」


 二人は一応の首肯をする。

 ……本当に、気負う必要なんかないんだけどなぁ。

 言い方を悪くしたら『お互い様』なんだし。


「なぁ、セシリア? お前って認識を阻害するような魔術は使えないか? 若しくは姿を消せるような魔術とか」


 俺は不意に思いついた事を口にする。


「えぇ……ユリスみたいに上手くは使えませんが、『相手に己の姿を見せない』魔術は使えます」


「流石だセシリア! よくやった!」


 何て頼りになる女の子なんだろうか!

 アリスとは違って多彩な彼女に思わず称賛してしまう。


「あ、ありがとうございます……!」


 少し照れているのか、セシリアはその白い頬を真っ赤に染めた。


「クロちゃんクロちゃん、何に使うの?」


 俺の喜びように疑問に思ったアリスが首を傾げた。


「ふふっ……そんなの決まっているじゃないか……」


 アリスの答えに、俺は不敵な笑みを浮かべる。


「お前達、ケルの事が心配だよな?」


「それは」


「もちろんです」


「ーーーーだったら、明日だけ様子を見に行かないか?」




「「ッッッ!?」」



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