ケルVSアリス

 どうしてこうなった……?


 と言う疑問が脳裏をよぎる。

 目の前に広がる光景に、ただただ呆然と見ていることしかできない。

 手を出すことも、割って入る事もしようと思えばできるーーーーが、それがいかんせん憚られてしまう。


 それはセシリアも同じなのか、俺の隣で口を開けたままその光景を見ていた。


 一方の賢者は、「僕はそろそろお暇するよ。弟子を置いてきているからね」と言って、自分の妻の為に向こうに戻ってしまった。


 ありがとうと、また今度顔出しに来いと言う言葉を送って、その姿を俺とセシリアだけが見送った。


 あれ? 二人足りなくない?

 そう、見送りにはアリスとケルは参加しなかった。


 では、友人であるアリスと感謝していたケルはどうしていたのか?


 答えは単純明快。

 目の前に広がる光景こそ、その答えなのだからーーーー


「クロちゃんは私のなのーーーー!」


「やっ!魔王様は私の!」


「「……」」


 そう言って、両者の頬をつねりながらじゃれ合うーーーーもとい、喧嘩する二人。


「いきなり出てきても、クロちゃんの好感度は私が独占なんだからぁぁぁぁぁぁっ!」


「私のだもん!私のぉぉぉぉぉぉっ!」


 徐々にヒートアップする両者。

 子供であるケルに対して、アリスは手加減など加える様子もなく、一方のケルも勇者であるアリスに臆する事無く突っ込む。


 その姿は、さながら昔の決戦を思いーーーー出さなかった。


 ただただ、大きい子供と小さい子供が喧嘩をしているようにしか見えない。


「……どうですか?可愛い女の子が自分の為に争っている姿は?」


「いや……なんというか、これじゃないって言う気持ちしか湧いてこない」


 どうしてこうなったのか?


 時は数分前まで遡るーーーー



 ♦♦♦



「いやっ!」


 アリスの自己紹介を始めた途端、ケルは全力で拒否した。

 それはもう嫌そうに、俺の背中に体を隠しながら、首を思いっきり横に振って。


「え……私、何かした?」


 セシリアの胸に顔を埋めていたアリスが、その反応に戸惑う。

 何かした……と言うか、さっきは我儘言ってたぞ?


「敵だから嫌そうにしているーーーーと言う訳ではなさそうですね」


「それだったら、僕は嫌われてるね。……まぁ、好感度は稼いだつもりだけど」


「魔王様、ちなみに私は両方嫌いです」


「俺も派手に嫌いだぜ!」


 二匹の意見は軽く流そう。

 キリがないから。


 でも、そうだよなぁ……。

 もし、アリスが敵だから嫌いーーーーって理由だったら、セシリアも賢者も嫌われているはず。


 まぁ、賢者に関しては「俺に会わせてくれた」って理由もありそうだけど、それではセシリアの理由がわからない。


 恥ずかしそうにしていながらも、嫌っている様子はなかったからなぁ……。


「どうして嫌いなんだケル? このお姉ちゃん、悪いやつじゃないぞ?」


「お、お姉ちゃん……っ!」


 お姉ちゃんと言う単語に過剰に反応するアリス。

 顔が思いっきりニマニマしてる。


「この人、変な匂いするもんっ! 魔王様に変な匂いつけてる!」


「……そうなの?」


「し、ししししししてないよっ!私、変な匂いしてないしつけてない!」


 変な匂いとは一体何なのか?

 アリスと一緒にいる時はいつもいい匂いがするんだがなぁ……?


「するっ!この人から変な匂いするもんっ!お母さんがお父さんにしてたメスのーーーー」


「なぁに言ってるのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 驚愕の叫び。

 突如、アリスが俺の耳を塞いだ所為でケルの言葉が聞き取れなかったが、アリスの叫びだけは耳元で聞こえた。


「あぁ……なるほど」


 そして、セシリアは一方で納得した顔つきを見せる。


「そんな事言ったらセシリアちゃんもじゃん!私だけじゃないよね!?」


「な、なななななななななに言っているのですかアリス!?」


 しかし、今度はセシリアまでもが狼狽え始めた。

 ……うぅむ、耳を塞がれているので何も聞こえん。


「セシリアお姉ちゃんからは、ちょっとだけだもん、プンプンさせてるこの人とは違うもん」


「……お、お姉ちゃんっ!?」


 そして、今度は嬉しそうに顔を押さえる。

 ……忙しい奴らだな。


「とにかくダメだもんっ!魔王様は私の!私のだもんっ!」


「……むっ!?」


 ……おや?

 アリスの様子が……。


「その発言は聞き逃せないよ……。クロちゃんは、私のだもん……」


 ようやく耳から手が離されたと思えば、この発言……忙しいやっちゃなぁ……。


「クロちゃんは私のなんだからぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「やっ!私のなのぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」



 ♦♦♦



 ーーーーと言うやり取りを経て、今に至る。


「なぁ……俺って誰の物じゃないってツッコミはした方がいいのか?」


「……その発言は今はしない方がいいかと」


「……ですよねー」


 分かってる。

 そんなツッコミで目の前の現状が変わるわけがないことを。


「もうっ!このわからず屋ぁ!」


「むぅぅぅっ!あんぽんたん!」


 ……どうして、こんなことになっているんだろうな?


 そんな光景が数十分経った今でも、俺は分からずにいた。

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