ケルベロス・アイナリー
「魔王様魔王様〜♪」
我が自室で待ち構えていた客人。
俺宛ての者だから誰かと思っていたけどーーーー
「ケルじゃねぇか!久しぶりだなぁ〜!」
「魔王様、会えて嬉しぃ〜!」
俺の胸に飛び込み、何度も何度も顔をスリスリとしてくる少女。
黒のゴスロリ服もどきと同じような漆黒の髪、子供らしい可愛い顔立ちに違う色の瞳。
そして、なんと言っても特徴的なのは頭上に乗っかっている大きな犬耳だろう。
「元気にしてたか?」
「うん! アナベルとステイも元気!」
なら良かったわ。
俺の部下がこうして元気でいる姿を見るとホッとしてしまう。
魔王軍幹部であるケルベロス・アイナリー。
俺達は『ケル』と呼んでいる。
この子は、魔王軍の中でも本当に最年少。
見た目と変わらず、年齢も中身も子供で、いつも城門の前で可愛がっていた奴。
「そっかそっか〜!で、アナベルとステイはーーーー」
「ここにいるぜい魔王様!」
「お久しぶりです、魔王様」
俺が周囲を見渡すと、不意に中に浮かんだ存在を見つける。
イカつい犬とお淑やかな犬の生物。
パッと見ではただのぬいぐるみだが、こいつらも列記とした魔王軍の精鋭。
と言うより、ケルの保護者だ。
「元気そうだなお前ら」
「魔王様こそ、相変わらず息災で」
「くたばってねぇようで何よりってんだ!」
相変わらず元気の良い奴だなぁ……。
十数年ぶりに見る部下たちを見て、俺は感慨深くなってしまう。
「魔王様魔王様?」
「ん?どうしたケル?」
俺に頭を撫でられているケルが、俺の顔を見て声をかける。
「遊ぼっ!」
満面の笑み。
それでいて、とても嬉しそうな顔。
(そう言えば、ずっと遊んでやれてなかったもんなぁ……)
魔王時代。
僻地から帰ってくる度に、城壁前にいるケルと遊んでいた。
基本的には週に5回ぐらい。
多い時には毎日のように遊んでいたものだ。
それが今となっては十数年も遊んでいない。
ケルとっては数ヶ月かもしれないが、それでもいつもに時間に比べればだいぶ長い時だ。
「……ダメ?」
俺が考え込み黙ってしまったからなのか、ケルは不安そうに涙目でこちらを見やる。
「いんや、遊ぼうぜケル。この体じゃ、お前について行くのは無理かもしれんがな」
「うん!」
無邪気なその笑顔は、俺の気持ちを軽くさせてくれた。
……ずっと心配だったんだ。
俺の部下の安否が。
俺がいなくても大丈夫だったのか、元気にしているかとか色々。
何せ、俺が愛する者たちなのだ。
苦楽を共にし、長い間を過ごし、俺を成長させてくれた。
一言で言えば家族。
俺の部下はみんなーーーー愛する家族なんだ。
「じゃあ、久しぶりにアレでもするかーーーー」
今の俺の気持ちは、転生してから一番晴れやかなものだった。
♦♦♦
「……すぅ」
小さな寝息が膝元から聞こえてくる。
時刻は過ぎ、日もすっかり沈み始め、そろそろ晩御飯の時間となった。
「本当に、元気で良かったよ……」
俺の膝で夢に耽るケルの頭を優しく撫でる。
サラリとした黒髪に、大きな犬耳。時々ピクピクとする姿は何とも可愛らしかった。
「悪いな、お前達に構ってやれなくてよ」
「いいってことですぜ魔王様!」
「私達は、ケルが幸せであればそれでいいのです」
先程とは違い、ケルの両手にそれぞれ収まっているアナベルとステイ。
その表情は、ケルと同じく晴れやかなものである。
「お前らは、俺が人間だって事に驚かないんだな」
角もない気品もない魔力もない。
魔王であった俺のことしか知らないこいつらが驚かないことに、俺は疑問に思ってしまった。
正直、聞かれるんじゃないかって思ったんだがな……。
「それはここに来る前に賢者に聞きましたから」
「おう!魔王様の出で立ちもこの世界の事も全部聞いてるでい!」
「なるほどな……」
不法侵入やら何やら愚痴ってしまったが、賢者には感謝だな……。
こうして、俺の部下に会わせてくれたんだから。
でも、やっぱりーーーー
「……泣いてなかったか、こいつ?」
俺は優しく撫でているケルを見る。
甘えん坊で、寂しがり屋で、いつも俺の帰りをあの城門で待っている少女。
俺がいなくなって、どう思っていたのか……。
「泣いてたよ。……それはもうわんさか」
「えぇ……魔王様が戻ってくるのをずっとあの門の前で待っていました」
「……そうか」
やっぱり、泣いてしまったんだな……。
泣かせるつもりなんてなかった。
俺の家族には、ずっと笑顔でいて欲しい。
だから、俺は拳を握って戦っていたんだがーーーー
「泣かせてしまったら、意味が無いもんな……」
ケルが泣いていたという事実に、俺は罪悪感を感じてしまう。
「魔王様……」
アナベルがケルの手から離れ、宙に浮く。
「ケルは、ずっと一人でした。私たち以外には誰もいません。ですが、唯一の拠り所は魔王様……そんな、可哀想な子なんです」
「…………」
「だから、これからはケルの傍にいてあげてくれないでしょうか? ケルも、それを望んでいますから」
分かってる。
こいつが拠り所を失っていることも、肉親は死んでしまい、今はステイとアナベルしかいないことも。
「俺からも、おねぇしゃす……お嬢は、魔王様の傍でないと笑えねぇんです」
そして、アナベルに続いてステイも宙に浮き、俺に頭を下げる。
あぁ……分かっているさ。
俺は、こいつらに言われなくてもーーーー
「安心しろよ……俺はもう、こいつに寂しい思いなんてさせねぇから」
魔王たる俺が、傍にいてやる。
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