魔王への客人

 通報しました。


 なんてフレーズを今すぐにも出してしまいたいと思う俺は、そこまで頭がおかしくないと思う。

 何故なら、今目にしている光景は完全なる不法侵入なのだから。


「やぁ、元気してたかい?」


「まだ一ヶ月も経ってねぇよ馬鹿野郎」


 目に前で何気なしに手を振る賢者。

 せっかく最後にかっこいい感じで別れたのに、こうもあっさり再開してしまっては感動が薄れてしまう。


 その前に、どうやって家に入ったか気になる。

 というか教えろ。


「あ!ユリスくんやっほー!」


「やぁ、アリス」


 我が家のセキュリティ問題など無視して、アリスは友人に挨拶する。

 大丈夫なの? ここ、あなたのお家でもあるんだからね?


「ユリス、いらしてたんですね」


「うん、セシリアも久しぶり」


 セシリアも、特段疑問に思っていないのか、賢者がこの場にいることを平然と受け流した。

 ……俺だけか?この異常事態に疑問を覚えてるのは?


 まぁ、魔術を使ったーーーーなんて言われてしまえばお終いなのだが。


「それで……何しに来たんだよ賢者」


 俺は仕方なく魔術で中に入ったと言う事にして、賢者に尋ねる。


「いやぁ〜、思った以上に向こうの問題が片付いたからね〜。こうして報告とご挨拶がてらに来たんだよ」


「……早過ぎないか?」


 流石に解決するのが早過ぎる。


 厄災が起こるのはいつか分からない。

 尚且つ、勇者が必要となるくらいの大きな厄災ともなれば、撃退は困難を極めるはず。


 それがこの短期間でーーーー


「そうですね……向こうの世界とこちらの世界は時間が違いますーーーーかと言って、こちらの時間が早いだけであって、向こうではそれこそまだ数日のはずです」


「そうだね……少し話をするけど、厄災はやっぱり『魔獣』だったよ」


 魔獣。

 己の飢餓を満たすために他者を喰らい尽くす生き物。


 人間はおろか、魔族ですらも厄介な害獣として知られている。

 その魔獣の力は、今まで喰らってきた物に比例し、厄災ともなれば計り知れない。


「それで?倒したの?」


「ううん、倒してないよ」


 倒していないのに帰ってきたのか……。

 それなら、どうしてこちらの世界にやって来たのだろうか?


「もしかして、やはり私達の力が必要にーーーー」


 セシリアも、賢者の来訪理由に重たい口調で尋ねる。

 もしかしたら、自分達がいないと倒せないかもしれない。だから、こうして賢者が聖女と勇者を呼びに来たーーーーそう思っているのだろう。


「あぁ、違うよ。……言ったじゃないか、「解決した」って」


「ごめんユリスくん……私、全然分かんないんだけど?」


 正直、俺も分からない。

 倒していないのであれば、一体どうやって解決したのか?


 魔獣とは意志を持たない生き物。

 和解も平和的解決も望めず、ただただ駆逐するしかない。


 だからこそ、倒さずに解決という方法が理解できなかった。


「倒してはいないね。正確に言うと、魔獣を『食べた』から解決したと言うべきだったね」


「食べた?」


「そうそう、食べたんだよ」


 なんと奇怪な解決方法なのか?

 ……って言うか、魔獣って食べれるの?

 人間側が「美味しくいただきました!」みたいなTVCMでもやったのだろうか?


「お腹壊してない?大丈夫?」


 食べれるのか?と言う疑問よりも相手の体調を気にするあたり、アリスは抜けていると言うか優しい子と言うか……。


「そもそも、魔獣とは肉が変色し、汚染された生き物ですので、食べれるはずがないのですが……」


 セシリアの言う通り、魔獣はその肉が汚染され、食料として食べれるものではない。

 一度食べれば、魔族だろうが人間だろうが、その体に害を及ぼし、体の内側から細胞が死滅していく。


 一度魔獣の肉を食べてしまえば、どんな胃の丈夫な人でも死んでしまうのだ。


(いや……そう言えば、あいつは食べれたっけ?)


 俺はふと、その人物を思い出す。

 確か、あいつだったらどんな大きな物でも食べれたし、魔獣だって食べていた。


 でもなぁ……あいつ、魔族だし。

 人間の問題に首を突っ込むことはしないだろう。


 それに臆病だしなぁ……。


「人間は食べれないよ。さらに言えば魔族だって食べたら死んでしまう。けど、一人だけ例外な人物がーーーー」


 そして、ふと考え込んでしまった俺の方に、賢者は顔を向けた。


「すまない魔王。今から自分の部屋に戻ってくれない?」


「ん?内緒話か?」


 唐突な賢者の発言に、首を傾げてしまう。


「いや。別に内緒話とかではなくて、お客さんが魔王の部屋で待っているんだ」


「だからお前は俺の家を自由にしすぎだ」


 何故勝手に入れるのか?

 プライバシーというものは考えのかね?


 って言うか、ここ俺の家だからな?

 好きにしてもいいのは俺の家族とアリスとセシリアだけだ。


「いいからいいから。とりあえず行ってきなよ」


「ったく……後で覚えてろよ」


 そんな負け犬もどきの悪態を吐きつつ、俺は釈然としない気持ちを抱きながら自室に向かった。



 ♦♦♦



『今回、魔獣を倒せたのは『とある女の子』に協力してもらったからなんだ』


『とある女の子?』


『それは、『魔獣を食べた』と言う人なのですか?』


『その通り。本当は嫌だったんだと思うけど、僕が無理にお願いして彼女は僕達人間に協力して貰った。だから、僕はその対価としてーーーー』



 ♦♦♦



 階段を上がり、『アリスの部屋』と書かれた表札の扉を通り過ぎると、俺は玄関に到着した。


(一体、誰がいるって言うんだよ……?)


 賢者に言われたまま来たが、誰が来ているか聞かされていない。

 ……変な奴じゃないだろうな?


 俺は少しだけ不安になりつつも、ゆっくりと自室の扉を開く。

 そしてーーーー



「魔王様ぁぁぁぁぁっ!!!」



 一人の女の子が現れた。

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