セシリアのその後

「夏休みが終わる」


「うへー、行きたくないー」


 ダラダラと過ごす夏休み。

 仰ぐのが疲れた俺は、二人を己の体から引き離し、無駄に流れるTVを聞きながらそれぞれリビングで過ごしていた。


 アリスは、ひんやりとしたガラステーブルに突っ伏し、唸り声を上げる。


「夏休みが終わればまた学校に行かれるのですか?」


 そして、不思議そうに首を傾げるセシリアは、突っ伏すアリスの邪魔にならないように歴史書を読んでいた。


「まぁな。俺達はまだ学生だから、通わなくてはならないーーーーあと三年もな」


「あっちだと学校なんてなかったんだけどなぁ……」


「そうなのか?」


「えぇ……学校に通えるのは一部の貴族だけでしたし、平民である私とアリスは学校に通ってはいませんでしたね」


 ……っていうか、アリスは聞いていたがセシリアが平民だったとは。

 口調的にも教育を受けていそうな丁寧なものだし、てっきり受けているものだと思っていた。


「魔族側には、学校というものはあったのですか?」


「もちろん、あったぞ? 30歳から50歳までの期間は義務教育だったしな」


 30歳? なんて思う人もいるかもしれないが、魔族は人間とは寿命が違うのだ。

 平均年齢289歳。イメージとして、30歳ぐらいから中学生と思ってくれた方が分かりやすいだろう。


「ほぇ〜、それはクロちゃんが考えたの?」


 アリスは顔だけ起こし、力の抜けた声で尋ねる。


「あぁ。でないと、魔族は学習できなかったからな。知能が低いって訳じゃないんだが……好戦的な奴らばかりなんだよ」


 俺が義務教育という制度を作ったのは、一重に魔族の知力が低いからーーーーではなく、常識を教えないと国が成り立たないからだ。

 最低限の常識はある。しかし、争いごととなると同族どうしでもすぐ喧嘩になってしまう。


 だから、学校としての基礎知識以外の授業はほとんど道徳だ。


「苦労したんだよ……本当に。みんな賛同してくれなくてさぁ……」


 これを議題に出した時、「そんなの必要ありませんよ魔王様!」「そうです!全て拳で解決するのです!」「学校って、楽しいの魔王様?」などなど。

 俺がどれだけ説得と理解させるのに苦労したか……泣けてくる。


「そ、そんなに大変だったんですね……」


 俺の表情を見て、セシリアは同情と言うよりも少し引き気味の言葉を投げかけてくれた。


「だから、例え面倒くさくても学校には通わなくてはならない。……学校の大事さって、身をもって知っているからさ。何故か頑張れるんだよな」


「実感が篭っていて、勇者反応に困ります」


 さっき行きたくないって言ってたもんな……でも、本当に学校は大事なんだぞ?


「という訳で、早速本題。セシリアをどうするかってところだ」


 話が落ち着いたところで、俺は本題の話を切り出す。


「私……ですか?」


「まさかクロちゃん……セシリアちゃんを捨てるの!?」


「捨てねぇよ」


 話が変な方向に飛躍しすぎだこら。


「じゃなくて、俺達が学校に行っている間にセシリアをどうするかって話。これからずっと家で一人でいさせる訳にはいかないだろ?」


 そうなのだ。

 学校はほぼ毎日行かなくてはならないし、その間ずっとセシリアを家にいさせるには些か不安が残る。

 それにーーーー


「私は別に問題ないのですが……」


「問題大アリだ。お前がアリスと同じような生活をしなきゃ、一人の女の子として幸せになれないだろ?こんな小さな家だけで与えられる幸せなんてちっぽけなものなんだからさ」


 学校生活は、学べる場所であると同時に交流を深める場でもある。

 同年代の友達を作ることによって、普段味わえない体験や経験が積めるし、もしかしたら好きな人も出来るかもしれない。

 青春の一時。これこそが一人の女の子としての幸せではないのだろうか。


 ……賢者にも、お願いされたことだし、ここばかりはしっかりと与えてやらなきゃな。


「……ひゃっ」


「ひゃっ?」


 すると、セシリアから変な声が聞こえた。

 顔を真っ赤にし、口をパクパク。目も泳ぎまくっている。


「クロちゃんや、私としてはカッコよくて好きなんだけど、複雑な気持ちで私困ってます」


「……すまん、何を言っているのか理解できない」


 どうやら、未だに俺は人というものがよく分かっていないようだ。


「そ、そこまで言われてしまったら、私も幸せにならないとでしゅね……」


 噛んだ事に対しては、突っ込まないでおこう。


「という訳で、セシリアには学校に通ってもらおうと思う。っていうか、セシリアに言ってなかったことに申し訳なさを感じるが、実は手続きをもう済ませてある」


「そうなのですか?」


 現実に戻ってきたセシリアは、深呼吸をして落ち着きを取り戻した。


「けど、転校手続きとかどうするの?というか、セシリアちゃんの戸籍的にもどうなっているか分かんないです」


「そこは全て母さんに任せてある。それに、今朝手続きが終わったという連絡を貰ったばかり、オールOKだ」


 ……色々と質問攻めされたが、何とかなって良かった。

 一応、俺たちの関係とか前世とか伝えていないが、とりあえず母さんには「親に捨てられた女の子を拾った」と言っておいた。

 母さんも「なんて可哀想な子なの!?分かったわ、お母さん任せなさい!」と、最終的には納得してくれた。


「何から何までありがとうございます」


「気にすんなーーーーって言ってやりたいところだが、お礼は母さんにでも言っておいてくれ。とりあえず、挨拶の電話だけでもな」


 多分、喜んでくれると思うから。

 ……セシリアに変なこと聞かなきゃいいけど。



「というわけで、セシリアには『椎名 セリア』という名前で通ってもらうことになったから。一応、アリスの妹って設定でよろ」

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